あらすじ
娘をいつまでも手もとに置いておきたい茂(向井理)は、藍子(青谷優衣)が教員になることに相変わらず反対だった。修平(風間杜夫)は、このところ体調を崩して横になって過ごすことが多くなり、調子のいい日には、かつて手がけていたシナリオを書く日々を送っていた。次女の喜子(荒井萌)は、自分自身の将来についての悩みを抱えていて…。
143ネタバレ
水木家
両親の部屋
修平「『千年も万年も生きたいわ』。 いやいや これは『不如帰(ほととぎす)』だ。 う~ん。」
<ここしばらく 修平は 体調を崩して 横になって過ごす日が 増えていましたが…>
修平「おい!」
絹代「何ですか?」
修平「ムードミュージックを頼む。 気分を出さんと筆が乗らん。」
絹代「はいはい! よいしょ!」
<体調のよう日には シナリオ 『第三丸の爆発』を 書いていました>
レコード♬~『街の灯』
布美枝「お母さん 私達 相沢さんの 結婚式に行ってきます。」
絹代「ああ 行ってらっしゃい。」
布美枝「喜子が家におりますけん 何かあったら言いつけて下さい。」
修平「『苦しい! これが最後か』。」
布美枝「えっ!」
絹代「例の映画のシナリオ 考えとるんだわ。 声に出して セリフ言うもんだけん うるさくて かなわんよ。」
修平「『もう一度 顔が見たい!』。 ああ これでいいか。」
布美枝「なるほど…。」
絹代「それより 布美枝さん 初めての仲人で 緊張するかもしれんけど しっかり や~なさいよ!」
布美枝「はい。」
絹代「それから しげさんが 脱線せんように しっかり 見張っとってね 頼むけんね。」
布美枝「分かりました。 ほんなら 行ってきます。」
修平「『もう 行くのか? 待て 待ってくれ!』。」
絹代「ぴったり 合っとるわ!」
(2人の笑い声)
玄関前
(小鳥の鳴き声)
茂「イトツは どげだ?」
布美枝「今日は 具合よさそうですよ。 映画のセリフ 考えておられました。」
茂「近頃さっぱり 出歩かんようになったな。 暑いですし 大儀らしくて。」
(セミの鳴き声)
茂「少し涼しい日に 深大寺にでも 連れてってみるか?」
布美枝「ええ。」
(小鳥の鳴き声)
両親の部屋
(セミの鳴き声)
修平「あ~ いい風だな。」
喜子「あれ! 目 覚めてたの?」
修平「お前にあおがせておくと 楽ちんだけん 狸寝入りしとったんだ。」
喜子「もう!」
修平「おばあちゃんは?」
喜子「ちょっと買い物に出てるよ。」
修平「あ… よっ! おばあちゃんがおらんと このうちも静かだな。」
喜子「今日は 誰もいないの。 お父ちゃん達は 相沢さんの結婚式だし お姉ちゃんは 教員試験 受けに行ってる。」
修平「そげか。」
喜子「これ 進んでる?」
修平「うん まあ ぼちぼちな。 行きつ戻りつで はかどらんわ。 だが 手応えはあるぞ。 なにしろ 構想60年の大作だけんな。」
喜子「構想60年って なかなかないよね?」
修平「ヘヘヘ! これが スクリーンに かかったら ご婦人方の紅涙を絞る事 間違いなしだ。」
喜子「ふ~ん。 お父ちゃんが 漫画家に なったのって やっぱり おじいちゃんの 影響もあるよね?」
修平「うちは 芸術を好む者と 変わり者が ようけ 出とる家系だけん 茂は その両方を受け継いどるな。」
喜子「フフフ! ほんとだね。 でもなあ。」
修平「ん?」
喜子「私は 何も受け継いでないなって。 私は 絵も下手だし作文も苦手。 お父ちゃんに似てるのは 朝寝坊なとこだけ。」
修平「どげしたんだ?」
喜子「来年 高校卒業だし この先 どうしようかなって。 勉強もできないから いい大学にも入れないし。」
修平「好きな事を やったらええがな。」
喜子「うん。」
修平「そげに 深刻にならんでもええ。 人の一生なんてものは よっぽど うまくやったところで 結局は 雲のように 流れ去ってしまうもんだけんな。」
喜子「雲?」
修平「ああ 『人生は 流れる雲の如し』。 ああ 今のセリフに使えるな! おい 麦茶でもいれてくれ!」
喜子「は~い!」
修平「雲か…。 これは いい例えだ。 雲の如し…。 『流れる雲の如し』 か。」
喜子「『好きな事をやれ』…。 そうもいかないから 悩んでるんだけどな。」
客間
(セミの鳴き声)
茂「ああ 苦しい!」
喜子「お父ちゃん 大丈夫?」
茂「もういかん 水くれ 水!」
喜子「水ね。」
茂「(荒い息)」
両親の部屋
絹代「しげさんが 酔っ払った?」
布美枝「皆さん 仲人さんも一杯って つぎにみえられるもんですけん。」
修平「つがれるままに飲んだのか?」
絹代「だけん しっかり見張っとるようにと 頼んだでしょう!」
布美枝「すんません。 間に新郎新婦が おりますけんね よう 見えんだったんです。 気づいた時には もう何杯も 飲んでしまって。」
絹代「まあ!」
布美枝「無理せんで下さいって 言ったんですよ。 けど 断ったら悪いって言って きかんのですけん。」
絹代「それで どげなったのか?」
布美枝「披露宴の間は なんとか 我慢しとったんですけど お開きになった途端 ひっくり返ってしまって。」
絹代「あら まあ!」
修平「茂の奴 自分の結婚式と 同じ事しとるだないか!」
布美枝「ああ そげでしたね!」
回想
茂「水くれ 気持ち悪い!」
回想終了
絹代「ほんとに あの日は さんざんだったわ! しげさんは 大きな音で おならをするし。」
布美枝「はい。」
絹代「お父さんは おならの講釈 始めるし。」
布美枝「ええ。」
回想
修平「今の音色は 空に輪を描く トンビの 一声といったとこですかな ワハハ!」
回想終了
(おならの音)
絹代「うう! 言ってちょうそばから これですけん!」
修平「あ~ 今のは いい音がしたな! さしずめ 港を出て行く船の汽笛だ。」
布美枝「結構な音色でした。」
絹代「布美枝さんまで つきあわんでもええよ!」
修平「いい音色が出るという事は わしも まだまだ元気な証拠だぞ。」
布美枝「そげですね!」
修平「あ そうか。 喜子にも こげ 言ってやればよかったんだわ。」
布美枝「喜子が何か?」
修平「青春の悩みを 抱えとるようだったけん 人生は 流れる雲のようなものだと 言ってやったんだわ。」
布美枝「流れる雲ですか… なるほど。」
修平「いやいや 雲というのは いささか気取った 例えだったわ。 人生は 屁のようなものだわ。」
布美枝「え?」
修平「屁だ!」
絹代「また おかしな事 言いだした。」
修平「いや おかしい事ないぞ。 大きな音を立てて飛び出すが あっという間に 跡形もなく消えてしまう。 笑われもするし 嫌がられもするけれども すべては つかの間だ。」
修平「取るに足らんつまらんもので…。 けど やっぱり 面白いもんだわ。 どげだ! わしの屁の講釈 なかなか 深いだらが!」
布美枝「はい。」
客間
茂「ふ~ん。 イトツも うまい事 言うな。」
布美枝「私も 何だか感心してしまいました。」
茂「ハハハハ!」
布美枝「何ですか?」
茂「子供の頃 こたつ使って よう いたずらしとったんだ。」
布美枝「え?」
茂「兄貴と俺と光男とで まず たっぷりと芋を食う。 イトツが 仕事から戻ってくる頃を 見計らって 兄弟一致協力して こたつの中に 屁をため込んでおくんだ。」
布美枝「え~っ!」
茂「仕事から帰った イトツが 布団を めくった途端に 強烈なにおいが!」
布美枝「うわ~ 信じられんわ!」
茂「ハハハ! イトツも一緒になって 笑っとったぞ。 算数が 零点でも 一度も 叱られた事は なかったなあ。 絵を描くと うまいうまいと 褒めてくれた。」
布美枝「油絵の道具 お父さんが 買ってくれたんでしたね?」
茂「ああ あの頃 あげな物 持っとる子は 境港で 俺一人だったなあ。」
布美枝「ええ。」
茂「イトツが仕事で 大阪に行ってしますと 家の中が し~んと寂しいんだ。 しばらく 誰も口をきかんのだ。」
茂「イトツが大阪から戻ってくる日は イカルも朝から ウキウキしとった。 香水なんかも つけとって。 イカル いつもより ちょっこし きれいに 見えたなあ。」
布美枝「お父さんがおられん間 一番 寂しい思いしとったのは お母さんかもしれませんね?」
茂「うん。 そげかもしれんなあ。」
両親の部屋
絹代「お父さん。」
修平「ああ。」
絹代「あんまり 根つめたら いけませんよ。」
修平「ああ…。」
絹代「楽しみですねえ 出来上がるの。」
修平「何か 言ったか?」
絹代「あ いえいえ 何にも。 よいしょ!」
玄関
昭和五十九年十月
(小鳥の鳴き声)
隣家の主婦「こんにちは!」
布美枝「こんにちは!」
隣家の主婦「あら! すいませんね。」
布美枝「いえいえ!」
隣家の主婦「今日は 何だか肌寒いですね!」
布美枝「もう 秋の風ですね!」
隣家の主婦「ねえ! これ 頂き物なんですけど よかったら。」
布美枝「あら すいません! 立派な くりですね!」
台所
布美枝「お隣さんから 頂きました。」
茂「おう 見事だな!」
布美枝「お父さんがお好きだけん くりご飯にしましょうか?」
茂「ああ。 なあ イトツが ゆうべ ポツリと言っとったぞ。 境港に 帰りたいそうだ。」
布美枝「え?」
茂「今じゃないぞ。 死んだら 境港の墓に 入れてくれと 言っとった。」
布美枝「そげですか…。」
茂「こっちに来て 20年近くなるのに やっぱり 戻りたいもんなんだな。」
両親の部屋
布美枝「お母さん!」
絹代「はい。」
布美枝「病院に行く時間ですよ。」
絹代「あら! ほんとだ。」
布美枝「お父さんは?」
絹代「また 眠っとるわ! 近頃 寝てばっかり。」