あらすじ
源兵衛(大杉漣)の計画も失敗に終わり、「どうしても教師になる」と言い張る藍子(青谷優衣)と、それに反対する茂(向井理)の対立は深まるばかりだった。修平(風間杜夫)に先立たれた、妻・絹代(竹下景子)と、布美枝(松下奈緒)の母・ミヤコ(古手川祐子)はしみじみと語り合い、それぞれの思いを理解する。源兵衛とミヤコ、布美枝と藍子、喜子(荒井萌)は、そろって深大寺を訪れ…。
148ネタバレ
水木家
客間
源兵衛「ああ そげきたか。」
茂「弱い石から 動かさんと 攻め込まれますからな。」
源兵衛「ほお…。」
台所
喜子「お姉ちゃん へそ曲げてるよ。」
布美枝「はあ…。 失敗したなあ。 しばらく様子を見ようと 思ったのが 後手に回ってしまったわ。」
喜子「お姉ちゃん お父ちゃんと 似てるから ぶつかっちゃうのかな?」
布美枝「ん?」
喜子「勉強に打ち込んでる時の背中…。 お父ちゃんみたいだった。」
布美枝「ろくに褒めてもやらんで。 藍子に かわいそうな事したなあ。」
子供部屋
藍子「は~! みんなして どうかしてるよ!」
回想
布美枝「お父ちゃん 今 ちょっこし 慌てとるんだわ。 藍子が 当分 そばにおってくれると思っとったけん。」
回想終了
藍子「(ため息)」
両親の部屋
ミヤコ「箱根のお土産 ほんの ちょんぼしですけど。」
絹代「すんません。 ほんなら 遠慮なく。」
ミヤコ「それと… これから寒くなりますけん よかったら 使ってごしなさいませ。 はい。」
絹代「これ ミヤコさんが?」
ミヤコ「ええ。」
絹代「え~!」
ミヤコ「あんまり ように見んでごしなさい。 年 取って 目も薄くなっとりますけん 縫い目も バラバラで。」
絹代「いいえ きれいに縫えちょ~ますわ。 あ~がとうございました!」
ミヤコ「いいえ。」
絹代「お茶 いれましょうか。」
ミヤコ「すんません。」
絹代「四十九日も済まんうちから 仏さんを置いて出歩いてて あきれられたでしょうねえ。」
ミヤコ「ああ いいえ。」
絹代「私 自分の方が お父さんより先に 逝くと 思い込んどったんですよ。」
ミヤコ「なしてですか?」
絹代「心臓が悪いですけん。」
ミヤコ「まあ…。」
絹代「ハハッ 医者は 『何でもない』と言うんですけど 時々 胸が キューッと締めつけられて。 お父さん一人残っても 自分の事は自分でやれるように 料理でも洗濯でも やってもらっとったんです。」
ミヤコ「はあ そげですか。」
絹代「天ぷらなんか 私よりも 上手に揚げちょ~ました。 鼻歌 歌いながら…。 結局… 私の方が後に残ってしまいました。 こげなると 分かっとったら あげに家事をやらせんでもねえ。」
絹代「好きな芝居でも映画でも もっと 見に行かせてやったらよかった…。 そげ思ったら 何だかもう…。 ハハッ…! はあ… 生きとるうちは 文句ばっかり! けど… 一人で ここにおると つくづく さみしい気持ちになって…。」
ミヤコ「60年以上も 一緒におられたんですけん…。」
絹代「夫婦というのは おかしなもんですねえ。 親同士が勝手に決めた縁談で…。 他人同士が一緒になったのに…。 お父さんが おらんようになった寂しさは 子供でも 孫でも 埋められんですけん…! (泣き声)」
ミヤコ「ええ ご夫婦ですね!」
客間
源兵衛「しかし 思うようには いかんですなあ。」
茂「待ったですか?」
源兵衛「いや 子供の話だ。 親心で打った手が 裏目に出た。」
茂「ええ。」
源兵衛「ここに置くか…。」
茂「は~ん そげなら…。 これで。」
源兵衛「ああ?! それは ちょっこし待て。」
ミヤコ「お父さん。」
源兵衛「おう?」
ミヤコ「悪い手でしたねえ。」
源兵衛「何だ お前 碁が分かるのか?」
ミヤコ「分かりません。 けど 無理に押したら うまくいくもんも いきませんわ。」
台所
喜子「あれ お姉ちゃんの事だよね?」
布美枝「うん…。」
喜子「おばあちゃん いい事 言う。」
ミヤコ「ん?」
布美枝「驚いたわ。 あげに ピシッと。」
ミヤコ「私は 何も言っとらんよ。」
布美枝「ふ~ん。」
ミヤコ「う~ん?」
客間
源兵衛「確かに いい手とは 言えんだったわ。」
茂「うん。 戦術を練り直して… 形勢逆転を ねらいますかなあ。」
源兵衛「機が熟するのを待つのも… ええかもしれんの~。」
茂「あ! そこは 待った!」
源兵衛「待ったは なしだ!」
茂「いや~ しかし さっき…。」
台所
喜子「2人とも楽しそう。」
ミヤコ「お父さん 茂さんと碁を打つの 楽しみにしてたんだよ。」
布美枝「随分 昔に 約束したけん。」
回想
源兵衛「あんた 碁は打つか?」
茂「ええ。」
源兵衛「ほんなら 今度 来た時でも 一遍 手合わせを願うかな。」
回想終了
客間
源兵衛「これで どうだ。」
茂「ああ…!」
源兵衛「無理だな これは 待たんぞ 待たんぞ!」
茂「まだ分かりませんぞ まだ分からんぞ!」
源兵衛「アッハハハ!」
<その翌日…>
深大寺
源兵衛「ここは 昔ながらの ええ寺だなあ。」
ミヤコ「う~ん。 東京にも こげな所が あるんですねえ。」
布美枝「フフフッ。」
ミヤコ「な~に?」
布美枝「私も最初に来た時 同じ事 言った。」
ミヤコ「そげかね。」
源兵衛「厠 借りてくるわ。」
ミヤコ「うん。」
(鐘の音)
ミヤコ「藍子。」
藍子「うん。」
ミヤコ「あんた 『安来節』知っちょ~かね?」
藍子「『安来千軒 名の出たところ』っていうんでしょ。」
喜子「『アラ エッサッサー』だよね。」
ミヤコ「う~ん。 『安来節』には 歌詞が ようけ あるんだよ。 近頃 おじいちゃんが よう歌っとる歌があってねえ。」
喜子「どういうの?」
ミヤコ「『千里も飛ぶ様な虎の子が欲しや』。」
喜子「どういう意味?」
ミヤコ「虎は 我が子のために 『一日に千里を行って 千里を戻る』 いう言い伝えが あ~だわ。」
喜子「千里って… 4,000キロ?!」
布美枝「うん。」
ミヤコ「布美枝と暁子。 遠い東京におるでしょう。 2人とも幸せにやっとるけんね。 結婚を決めた おじいちゃんの目は 間違っては おらんだったよ。」
藍子「うん。」
ミヤコ「でもね 心配なんだわ。 元気でやっとるか。 今度は いつ 顔 見られるか…。 虎のように 千里を行ったり 来たりできたら ええだけどね。」
布美枝「お母さん…。」
ミヤコ「おじいちゃんね 藍子を遠くにやりたくない 茂さんの気持ちが分かって それで… ちょっこし 余計な口出ししたんだわ。 すまんだったね…。」
源兵衛「おい そろそろ行くか。」
ミヤコ「はい。」
藍子「ねえ おじいちゃん。 また 遊び来てね。」
源兵衛「あっ…! ほんなら 桜の頃にでも また来てみるか。 なあ?」
ミヤコ「ええ!」
源兵衛「そこの土産物屋 のぞいてみるか?」
ミヤコ「はい。」
布美枝「先行っとって。 お金払っとくけん。」
源兵衛「ああ ほんなら ゆっくり歩いとるぞ ハハッ!」
ミヤコ「すまんね。」
源兵衛「お~お~! きをつけろよ。」
ミヤコ「はい。」
藍子「おばあちゃん… 黙って おじいちゃんに 従ってるように見えて 押さえるとこは 押さえてるね。」
布美枝「ん?」
喜子「ゆうべのひと言 お姉ちゃんに話したの。 『お父さん 悪い手でしたね』って。」
布美枝「おばあちゃんは 余計な事 言わんで 人の気持ちが分かる人だけん。」
藍子「似てるよね お母ちゃんと。」
布美枝「え~っ?」
喜子「うん 似てる似てる。」
藍子「だから お父ちゃんと お母ちゃんは 仲よくやっていけるんだ。」
布美枝「藍子…。」
喜子「やっぱり おじいちゃんの目に 狂いはなかったか。 ね!」
(2人の笑い声)
布美枝「もう 2人とも 親をからかって!」
(3人の笑い声)
布美枝「ほら はい! 行きますよ!」
<娘達の言葉は うれしいけれど ちょっと てれくさくもある 布美枝でした>
<そして 半年後の4月>
昭和六十年四月
水木家
台所
藍子「え~と 今日は まず 算数からだから…。 朝の会で歌う歌 どうしようかな?」
布美枝「ご飯くらい 落ち着いて食べたら?」
藍子「そうもいかないよ。 授業の準備はあるし 毎日 やる事がいっぱい。 あ こうしてられない。 早く行って 授業のプリント作らなきゃ。」
布美枝「学校の仕事 楽しい?」
藍子「楽しい。 子供達も懐いてくれて みんな かわいいよ! ごちそうさま!」
布美枝「行ってらっしゃい!」
<藍子は 都内の小学校で 3年生のクラス担任になりました。 赴任先は 家から通える学校でした>
小学校
藍子「よし! 今日も1日 頑張ろう。」
水木家
<喜子は 短大の1年生です>
子供部屋
布美枝「喜子 ほら 起きなさい!」
喜子「う~ん カステラ食べたらね。」
布美枝「何 寝言 言っとるの!」
喜子「うん 何だ 夢か…。」
布美枝「ほら 起きる! はい!」
台所
布美枝「あら… まだ食べとる。」
藍子「う~ん 2限目 休もうかな。 経済学とか 何で やんなきゃいけないんだろ?」
布美枝「また そんな事 言って~!」
喜子「お姉ちゃん 朝から ガサゴソうるさいから 一遍 目が覚めて 二度寝しちゃったよ。」
布美枝「早めに学校へ行って 授業の準備するんだって。」
喜子「よくやるなあ。 毎日 残業して 遅く帰ってきて 夜中まで仕事してるのに。」
布美枝「学校楽しいし 子供かわいいし そげな時は 少しくらい大変でも 頑張れるんだわ。」
喜子「う~ん でも… 張り切りすぎると 伸びきったゴムみたいに なっちゃうよ。」
布美枝「喜子 あんたは もうちょっこし 頑張らんといけんのじゃないの?」
喜子「う~ん 何に向けて頑張るか。 それが問題だ。」