連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」】31話のネタバレです。
あらすじ
布美枝(松下奈緒)と茂(向井理)の調布の家に、売れない漫画家の戌井(梶原善)が訪ねてくる。戌井は偶然読んだ茂の漫画に感動したことや、作家を大事にしない貸本漫画業界がいかにだめかを切々と語る。そして、足にけがをした茂の代わりに、布美枝が原稿を届けに貸本漫画出版社を訪れると…。
31話ネタバレ
水木家
居間
戌井「そうか! あなただったんですか~! よ~し! 全部 読みました!」
茂「…え?」
戌井「感動しました~! あなたは すばらしい!」
茂「誰なんですか? あんたは。」
戌井「…戌井です。 僕も漫画家なんです。」
茂「え… 漫画家?」
戌井「戌井慎二と言います。」
茂「あ~ 確か… 探偵物を描いちょられる…。」
戌井「今日 富田書房に 原稿の上がりを届けに行った際 水木さんの原稿を見たんです! 驚きました~! いや~! 驚いたなんて もんじゃない! 衝撃です! すぐに貸本屋に駆け込んで ありったけの 水木さんの漫画を読んだんです! 一目会って… この思いを打ち明けたくて 居ても立っても 矢も盾も いられず…! あなたの漫画は すばらしい! …あれ?」
茂「それは どうも。」
戌井「お玉…。」
茂「お客さんだよ!」
布美枝「いらっしゃいませ。」
(一同の笑い声)
戌井「そうだったんですか~!」
茂「そういう訳ですわ。 我々は敵機襲来に備えて 身構えとった訳ですよ。」
戌井「敵機襲来!」
茂「この人が 怪しい男がおると 血相変えて飛び込んできたもんで。」
中森「夜道で いきなり 飛びつかれたんですよ。 『水木さん 水木さん』て 呼ばれるし。」
戌井「すいません。 富田書房には 所番地 聞いてたんですが 水木さんの本名を聞くの忘れて 水木さんの表札を 探し回ってました。」
茂「そりゃ うかつでしたな。 ハハハハ!」
戌井「それに 僕… 水木さんが 片腕だって知らなかったんです。」
茂「ああ 漫画は 右手一本あれば 描けますけん。」
布美枝「何にもないですkど。」
戌井「どうぞ お構いなく。」
茂「ネギと白菜ばっかりだなあ。 底の方に まだ 魚 残っとるかな?」
布美枝「まだ ありますかねえ?」
中森「では 私は これで…。」
布美枝「よかったら 中森さんも 一緒にどうぞ。」
中森「いや 賄いなしの約束ですから…。」
布美枝「どうぞ。」
戌井「どうも すいません。 いや~ 『墓場鬼太郎』 本当に 驚きました。 怪奇物の漫画は いろいろ ありますが 『鬼太郎』のようなのは初めてです。」
茂「自分も あれには かなり手応えを 感じとるんですがねえ。」
戌井「この先の展開を考えると ワクワクしますよねえ! 早く続きが読みたいなあ!」
茂「続きですか…。 それは しばらく出ません。」
布美枝「そうなんですか?」
茂「そういう事になりました。」
戌井「分かります。 あれだけの作品です。 構想を練るのにも 時間が かかりますよね。」
茂「構想は ほぼ出来とるんです。」
戌井「ほう そうか。 腰を据えてかからなきゃ あの絵は なかなか描けないですよね。 丹念に書き込まれていて 手を抜いてる所が まるでない。」
茂「いや そういう事でなくて…。 打ち切りなんです。」
戌井「えっ?!」
布美枝「打ち切り…?」
中森「そうですかあ。 打ち切られましたか~。」
茂「はい。 あんまり 営業成績が 振るわなかったようで。」
戌井「そんな…。 まだ 1巻目が 出たばかりじゃないですか! これからが 面白くなるところなのに!」
茂「そうなんですけどねえ。」
布美枝「打ち切り…。」
茂「金の事は 心配いらんです。 他の漫画を描きますけん。」
布美枝「はい…。」
(ちゃぶだいを叩く音)
戌井「どうかしてます! あれを打ち切るなんて どうかしてますよ! だから 貸本漫画はダメなんです!」
戌井「ちょっと ごめんなさい。 絵の迫力! 構図のうまさ 意外な着想! 抜群じゃないですか~! これが分からんとは 富田社長の目は節穴か?! そんな 漫画の価値の分からん人間が 銭もうけだけのために 出版をやってる。 それが そもそもの間違いなんです!」
茂「向こうも 食べていかねば ならんですからなあ。」
戌井「いやいや 僕が出版社ならば 水木さんの漫画で命を懸けます!(荒い息遣い) 怪奇物! 戦記物! ギャグ! どれも面白い! これに比べて僕なんか 漫画 描いてるんだか 恥 かいてるんだか 分かったもんじゃない!」
茂「そんな 大げさな。」
戌井「本当なんですよ。 近頃は 質より量で 乱作に乱作を重ねて 駄作ばかりを 連発している始末です…。」
中森「分かります。 貸本の安い原稿料では 数を描かないと とても食っていけませんから。」
戌井「妻と赤ん坊が いるもんで…。」
中森「若い人は量産できるから まだ いいですよ。 私なんぞ 年のせいか 書き飛ばす体力もない。(ため息)」
戌井「やっぱり 貸本漫画は ダメですね。」
(鍋の煮える音)
茂「煮詰まったかなあ?」
戌井「え?」
茂「鍋ですよ。 ほら 話しとるうちに すっかり煮詰まってる。」
布美枝「あ だし 足しましょうかね?」
茂「うん。 はい。 怒ると腹がへるでしょう。 自信を持って描いたもんでも 世間から見向きもされん事も あります。 けど 大声を出して 怒ってみても 何にも ならんのです。 漫画家は 黙って 描き続けておれば ええんです。」
戌井「はい…。」
布美枝「おじやにしましょうかね?」
茂「お それがええ!」
玄関前
戌井「大変 ごちそうさまでした。」
茂「いえいえ。」
布美枝「電車 まだあります?」
戌井「あの 自転車なんで。 僕 家が 国分寺なんですよ。 自転車なら 30分です。」
茂「だったら 近道を行くと ええですよ。」
戌井「近道? どこですか?」
茂「墓場を突っ切って行くんです。 そこの多摩霊園を。」
布美枝 戌井「墓場?!」
戌井「いや~ こんな夜分に 墓場巡りは ちょっと…。」
茂「近道なんだがなあ。」
戌井「ハハハハ! それじゃ また 来ますんで。」
布美枝「お待ちしております。」
戌井「はい! あ… あの 水木さん。」
茂「はい?」
戌井「いつか また 『鬼太郎』を 描いて下さいね。 僕 待ってますから。」
茂「分かりました。 味わいのある男だねえ。」
布美枝「はい。 ええ方ですね。」
茂「うん。」
戌井「待ってますから。」
茂「ハハッ はい。 実に 味わいのある顔だ。 背中にも 何ともいえん哀愁がある。 『鬼太郎』の続きか…。 いつになるかなあ。」
<漫画への情熱 でも どうにもならない厳しい現実。 貸本漫画家達の抱える さまざまな思いを 少しだけ知った布美枝でした>
仕事部屋
(小鳥の鳴き声)
<戌井の訪問から 1か月ほどが過ぎて… 茂は 富田書房から注文を受けた 戦記物の漫画を描いていました>
茂「桜… ああ もう春だなあ。」
<相変わらず 仕事部屋にこもる 毎日です。 布美枝は そんな夫の仕事ぶりにも慣れ…>
玄関前
布美枝「行ってらっしゃい。」
<影の薄い下宿人の存在にも 余り 気にならなくなってきました>
居間
布美枝「あ… また 境港からだ。 3日前に 返事 書いたばっかりなのに。 『近頃は コーラなどという 外国の飲料が はやっているようですが 甘い飲み物は 虫歯の原因となるので…』。 コーラだって。 お母さんは 分かっとらんなあ。 うちには そげなもん買う 余裕は ありません。」
(ウグイスの鳴き声)
<今の布美枝の ちょっとした悩みは 境港に住む茂の母 絹代から 頻繁に手紙が来る事でした>
布美枝「深大寺の桜の事も もう 書いたし… 何書こう。」
(襖の開く音)
茂「富田書房に 原稿 届けてくる。」
布美枝「お疲れさまです。」
茂「(あくび)」
布美枝「徹夜ですか?」
茂「うん。」
布美枝「ちょっこし 休んでからにしたら どげです?」
茂「そうもいかん。 遅れたら 原稿料を値切る口実にされかねん。」
布美枝「そげですね。 あ 境港から また葉書が来ておりましたよ。」
茂「『元気でやっとる』と 書いといてくれ。」
布美枝「他には 何か?」
茂「いや いらん事は書かんでええ。 心配させると 毎日 葉書を書いて よこすぞ。」
布美枝「え…。」
茂「本人が乗り込んでくるかもしれん。 そうなったら やっかいだぞ。」
布美枝「はい。 あ… 行ってらっしゃい!」
茂「は~い。」
布美枝「元気で やってます… と。」
(物音)
茂「アイタ~ッ!」
(犬のほえる声)
布美枝「え?」
玄関前
布美枝「うわ! どげしました?!」
茂「いかん。 寝ぼけとって 足が絡まった!」
布美枝「え?」
茂「あ 痛っ…。 あ~ いたたた…! 痛!」
(犬のほえる声)
布美枝「あ~ 大丈夫ですか?」
居間
布美枝「あ… 青くなってきましたね。」
茂「う~ん! あ 痛~…。」
布美枝「もう 無理せん方がええですって。」
茂「そうも言っとられん。 これを届けん事には…! あ 痛っ!」
布美枝「あ~! もう ほら…!」
茂「はあ しかたない。 『1日 待ってくれ』と電報打つか…。」
布美枝「あの…。 私じゃ ダメですか?」
茂「え?」
布美枝「私 行きます。 原稿 届けに行ってきます。」
茂「目標地点は ここだ。 小さいけん うっかり見落とさんようにしえ。」
布美枝「はい!」
茂「敵は必ず原稿料を払い渋る。 あわよくば値切ろうという 作戦だが 退いてはいかん! 何を言われても受け流す。 ええね。」
布美枝「はい。」
茂「敵の作戦は決まっとる。 『近頃は 戦記物も売れんから うちも厳しいんだ』。」
(ちゃぶだいを叩く音)
茂「『もっと受けるもんを描け』。 ま いろいろ言われるが 惑わされたらいかん。」
布美枝「はい。」
茂「成功を祈る。」
布美枝「行ってまいります。」
茂「うん。」
富田書房
布美枝「この辺りのはずなんだけど…。 えっ… ここ?!」
布美枝「失礼します。」
富田「とっとと 出てってくれ おい! あんたの漫画は もう うちからは出さないと 何度も何度も言ってるだろうが!」
漫画家「そこを なんとか… 社長! お願いします 社長!」
富田「あ~あ!」
(3人のもみ合う声)
<初めて訪れた貸本漫画の出版社は 想像以上にオンボロで 漂う貧乏の気配と 怪しい雰囲気に 布美枝は 思わず たじろいでしまいました>