ドラマダイジェスト

連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」第73話「初めての里帰り」

あらすじ

茂(向井理)は、貧しさの極みのような暮らしに気持ちが弱り、ついに「漫画をやめようか」と漏らす。布美枝(松下奈緒)は、その言葉に驚き「この先もきっとなんとかなる」と茂を穏やかに励ます。茂はその言葉に勇気をもらい、追い詰められたような気持ちから救われる。戌井(梶原善)から支払われる原稿料は、全額に満たないわずかなものだったが、ともに漫画をあきらめずに頑張ろうと布美枝も茂も思うのだった。

73話ネタバレ

水木家

玄関前

(小鳥の鳴き声)

郵便配達「村井さ~ん 郵便です。」

布美枝「は~い ご苦労さまです。」

郵便配達「どうも。」

布美枝「あ… また来とる。」

居間

布美枝「お父ちゃん また来とりますよ。」

茂「何だ?」

布美枝「境港の お母さんからですよ。」

茂「ん?」

布美枝「『と~たんと 言ふたと頼り 嬉し朝』。」

茂「う~ん なかなか ええ句だな。 ん? 季語が ないな…。」

布美枝「これ 督促状ですよ。」

茂「ああ 藍子を連れてこいという 催促か…。 うん…。 『気候が良くなったら 連れていくから』と返事 書いとけ。」

布美枝「もう それ 7回も書きました。 だけん ほら。」

茂「『気候も良くなってきたことですし もう そろそろ』。 う~む。」

布美枝「よっぽど しびれを 切らしとるんでしょうね。 来ないなら お母さん達が 出てくるって書いてありますよ。」

茂「それは 困る!」

布美枝「返事 どげしましょう?」

茂「俺の仕事が忙しいとか お前の神経痛が痛むとか ええように書いといてくれ。」

布美枝「神経痛って… 私がですか?!」

茂「俺は仕事だ。」

布美枝「あ~ もうっ!」

<茂は 戌井の北西出版で 『怪奇幻想ロマン』と銘打った 時代漫画を 次々と 描いていましたが…>

布美枝「また 底が見えとる…。」

<貸本漫画の原稿料は 安くなる一方で 藍子を連れて帰省する 汽車賃など 到底 工面できそうに ありませんでした>

雄一「茂 おるか。 邪魔するぞ!」

布美枝「お兄さん…?」

雄一「おい 大変だ!」

茂「どげした? あ また 会社が どうかなったか?」

雄一「そんな のんきな話じゃない。 境港から 電話が あったぞ!」

茂「えっ?!」

雄一「イカル達が こっちに出てくる!」

茂「え~っ?!」

回想

絹代「何べん催促しても 帰ってこんのだわ。 ラチが あかんけん お父さんと 上京する事にしたけんね。 あ あんたからも よう しげさんに言っときなさい! あ~ しげさんは どげでも ええわね。 藍子よ フフフフッ 藍子に会いたいの!」

修平「東京へ行くなら 早い方が ええわ。 歌舞伎座で 『船弁慶』が かかっとる。」

絹代「ああ…。 はっ!」

修平「あ~らら!」

回想終了

布美枝「本当に いらっしゃるんでしょうか?」

雄一「う~ん あの声は本気だな。」

茂「2人に こっちに居つかれては 仕事にならんぞ。」

布美枝「長い事 いらっしゃるんでしょうか?」

茂「そりゃあ 汽車賃使って出てくる からには そのつもりだろう。」

雄一「う~ん…。」

布美枝「はあ…。 布団がないですけんねえ。 どこからか 借りられますかね?」

茂「兄貴んとこに 泊めてやってくれんか?」

雄一「いや うちも もう手狭になって 無理だわ。 第一 佐知子では イカルの相手は務まらん。」

(小鳥の鳴き声)

雄一 茂「う~ん。」

<茂達 兄弟は よく怒る母の絹代を 『イカル』と呼んで 恐れていました>

雄一「帰りの汽車賃ぐらい こっちで都合せねば ならんだろうし…。」

茂「そげだなあ。」

雄一「イトツには 芝居の一つも 見せんとな。」

茂「う~ん 立ち見席という訳にも いかんなあ。」

<『イトツ』とは 父の修平のあだ名です>

雄一「2人で出てこられたら 被害は甚大だぞ! 茂 お前が なんとかせえ!」

茂「なんとかって…。」

雄一「藍子と布美枝さんだけでも 境港に送り込め。」

茂 布美枝「えっ?!」

雄一「あんた まだ一度も 里帰り しとらんでしょ?」

布美枝「はい。」

雄一「安来の親御さんも 藍子に会いたいに違いない。」

布美枝「ああ それは もう…。」

雄一「よし この機会に あんた 藍子を連れて 帰りなさい。」

茂「そうは言っても 汽車賃もないし。」

雄一「ともかく! なんとかして 藍子を連れて 帰ってくれ。 ええな!」

布美枝「(ため息)」

茂「原稿料の先払い 頼んでみるか?」

布美枝「けど その お金で 家の月賦 払わんと 不動産屋さんへの払い また 遅れますよ。」

茂「はあ そっちからも 督促状が来るのかあ! あ 痛え!」

布美枝「藍子…。」

<それから数日経って…>

玄関前

布美枝「往復の汽車賃と お土産代と あ 藍子にも ちょっとは 見栄えのする服 着せんといけんし…。 はあ やっぱり 里帰りは無理かなあ。 う~ん…。」

郁子「こちら 水木しげる先生の お宅でしょうか?」

布美枝「はい そうですけど…。」

郁子「ああ よかった。 社長 やっぱり こちらの お宅ですって!」

深沢「おお そうか。」

布美枝「深沢さん!」

深沢「やあ 奥さん ごぶさたしました。」

<結核で 長い事 療養所にいた深沢が この日 久々に姿を見せたのです>

居間

深沢「大事な原稿を紛失して 本当に申し訳なかった。 このとおりだ。」

茂「いや… もう 頭 上げて下さい。 病気だったんですから やむをえんですよ。」

回想

深沢「2人で 風を起こしましょうや。」

<茂が 原稿を届けに行った日 深沢は 血を吐いて倒れ そのまま 入院してしまったのです。 結核の再発でした。 三海社の倒産とともに 茂の描いた漫画の原稿も 失われてしまいました>

茂「…捨てた?!」

回想終了

深沢「遅くなりましたが… これ あの時の原稿料です。」

茂「もらっても ええんですか?」

深沢「もちろん。 奥さんにも ご苦労かけて…。」

布美枝「いえ そんな…。」

深沢「ご迷惑かけた分 これからの仕事で 返させてもらいますよ。」

茂「『これから』というと…?」

深沢「私 また 会社を作りましてね。」

茂「ほう。」

深沢「あれ… どこだっけ? 名刺 名刺。」

郁子「お預かりしてます。」

深沢「あ! ありがとう。 嵐星社といいます。」

茂「嵐星社…。」

深沢「この人は 秘書兼編集助手の加納郁子君。」

郁子「加納と申します。 ご挨拶が遅くなりました。                」

布美枝「あ… 名刺。」

茂「どうも 水木です。」

深沢「美人でしょう?」

茂「ええ。」

郁子「とんでもない。」

深沢「この人 前は丸の内の某商事会社で 重役秘書を やってたんだよ。」

布美枝「(小声で)重役秘書…。」

深沢「知り合いの見舞いで 療養所に来てたところに 私が声をかけてね。 ほら 美人だから つい。」

茂「ああ…。」

(笑い声)

深沢「『出版の世界に興味がある』って 言うもんで 『これは』と思って 引き抜いた訳。」

郁子「いいえ 私がお願いして 雇って頂いたんです。」

茂「ふ~ん… 商事会社から 貸本漫画に…。 あんた この人に騙されとるんじゃ ないでしょうな。」

深沢「ハハハハハ!」

布美枝「どうぞ。」

郁子「社長の話が とても面白かったんです。」

茂「ふ~ん。」

郁子「あ! 社長。」

深沢「ん?」

郁子「これ。」

深沢「おう。 私 これを始めました。」

布美枝「『忍術秘帖』?」

深沢「忍法漫画の短編集。 毎月出す 月刊の貸本漫画です。」

茂「はあ~ あんた こんなの いつの間に作っとったんですか?」

深沢「療養所にいる間にね。 加納君にも手伝ってもらって。」

布美枝「入院中にですか?」

深沢「じっと寝ているのが 性に合わんのですよ。 また水木さんと仕事したくて ウズウズしましてね。」

茂「これ 面白いですな。」

深沢「うん。 水木さん 忍法漫画 描いてもらえないかな? 毎月1本 短編で。」

茂「やります。 是非 描かせて下さい!」

深沢「そう じゃあ よろしく頼みます。 はあ しかしねえ…。 貸本漫画は もう いけない。 雑誌だね。 これからは 漫画も 雑誌の時代だよ。」

茂「しかし… 貸本から 雑誌に移れる描き手は めったに おらんのですよ。」

深沢「うん。 だからね 私 自分で作る事にした。」

茂「えっ?」

深沢「実は 今 漫画雑誌創刊の準備を 進めてるとこなんだ。」

茂「雑誌の創刊?」

深沢「大手からは いろんなのが出てるけど どれもこれも 子供相手のものばかりでしょう? 私は 貸本漫画の読者 『鬼太郎』や 『悪魔くん』を愛読する 青年達に向けて 雑誌を作るつもりなんだ。」

茂「青年向けの 漫画雑誌か… ああ それは 新しいですな。」

深沢「でしょう? 自前で雑誌を持ったら もっと もっと 面白い事がやれる。 秋には 創刊です。 水木さんには 是非 雑誌の柱になってもらいたい。 力になって下さい。」

茂「…はい!」

布美枝「よいしょ。 はい…。 すごいですねえ!」

茂「ん?」

布美枝「女の人が 名刺持って 挨拶するところ 私 初めて見ました。」

茂「ああ 確かに珍しいな。」

布美枝「丸の内で 重役秘書か…。」

茂「深沢さんは 慌てもんだけん ああいう人が そばにおったら こっちも安心だな。」

布美枝「けど よかったですね。 すっかり 元気になられて。」

茂「ああ。 生きるか死ぬかの療養中に 会社作ったり 雑誌の創刊したり あの人 不死身かな?」

布美枝「原稿料も頂けて お陰で 一息つけますね。」

茂「うん。 これで イカルの上京も 阻止できるなあ。」

布美枝「え?」

茂「お前 この金で 藍子と2人 安来に 里帰りしてきたらええ。」

布美枝「これは 生活費の足しにせんと…。」

茂「ええけん 行ってこい。」

布美枝「ほんなら まず 境港に行って…。」

茂「いや そっちは ついでに ちょっこし 顔出せば ええわ。」

布美枝「お父ちゃんは?」

茂「いや 俺は 行けんよ。 戌井さんとこの仕事もあるし 『忍術秘帖』にも取りかからんとな。」

布美枝「けど 私と藍子だけで 行く訳には…。」

茂「ええけん。 せっかくだ。 ゆっくりしてこい。」

布美枝「だんだん…。」

茂「うん。(おならの音) おっ ええ音色だ。 狸囃子の笛の音と 言ったところかなあ。」

布美枝「結構な音色でした!」

茂「うん フフフッ。 『忍法屁力(へぢから)』というのは どげだろう?」

布美枝「何ですか?」

茂「強烈な屁で 敵を倒していく 忍者の話だ。」

布美枝「はあ…。」

茂「何の取り柄もない男が 強力な屁を武器に 一撃必殺で倒していく…。」

布美枝「それ 忍法ですか?」

茂「うん。 屁には まだまだ 想像を超えた 未知の力が あるかもしれん。」

布美枝「面白いですね。」

茂「うん そげだろう。 うん…。」

<深沢の復活は 貧しい暮らしに 久々に差し込んできた 明るい希望の光でした>

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