あらすじ
布美枝(松下奈緒)のもとに、安来に住む弟の貴司(星野源)の結婚の知らせが届く。東京オリンピックを間近に控え、すずらん商店街でもテレビを購入する家庭が増えていた。病気から復帰した深沢(村上弘明)は、早くも新雑誌「ゼタ」を創刊し、茂(向井理)に作品を依頼する。美智子(松坂慶子)の夫・政志(光石研)は、相変わらず競馬に熱中し、太一(鈴木裕樹)と共に競馬場に行った帰りに村井家を訪れると…。
79話ネタバレ
水木家
2階
(ミシンの音)
布美枝「グチャグチャにしたらいけんよ。 貴司叔父ちゃんに贈る お祝い 縫うんだけん。」
<安来から 弟の貴司の結婚が決まったと 知らせが ありました>
回想
貴司「俺は 満智子さんと どげでも 一緒になりたいんだ!」
源兵衛「だらず! うちの商売は どげする気だ!」
貴司「俺は あの人が 一番 大事だ!」
回想終了
布美枝「あの時の貴司 りりしかったなあ。 ああ… ちょっと はぎれ足らんかな?」
乾物屋
布美枝「こんにちは!」
和枝「あ~ いらっしゃい!」
靖代「藍子ちゃんも いたの~!」
靖代 徳子「こんにちは~!」
靖代「あら 珍しいじゃない 服地なんか買って。」
布美枝「パッチワーク用の はぎれです。 弟の結婚が決まったんで お祝いに クッションカバー作ろうと思って。」
和枝「婿養子の話 決まったんだ?」
布美枝「はい。」
徳子「おめでとう! じゃ 結婚式で また里帰りだね。」
布美枝「帰省する余裕ないんで お祝いだけ贈ろうと思って。 それも 予算の関係で 手作り。」
靖代「あ~ もう いいの いいの。 そういうのは 気持ちなんだから ねえ!」
和枝「ねえ ちょっと 靖代さん! 早く決めてよ。 次の打席 長嶋なんだからさ。 ああ 買ったのよ テ・レ・ビ。 フフフ! さっきまで 『野球中継』見てたの。」
布美枝「ハハッ!」
テレビ・実況『長嶋が バッターボックスに…』。
和枝「ああ 出てきたあ!」
徳子「長嶋! 私も 見る見る見る!」
靖代「ごめんね。 ホームラン打って!」
<昭和39年 東京オリンピックを秋に控え テレビを買う家庭が急増。 普及率は 8割を超えていました>
こみち書房
布美枝「こんにちは!」
美智子「あら アハッ!」
田中家
美智子「弟さん 好きな人と 結婚できる事になって よかったわねえ。」
布美枝「はい。」
キヨ「ねえ お父さん よく許したもんだね。 商売 継がせるの諦めて 婿養子に出すなんて。」
美智子「子供思いの いいお父さんですもんねえ。」
布美枝「専制君主ですけどね。」
回想
源兵衛「親の目は 節穴では な~ぞ!」
布美枝「はい。」
回想終了
美智子「フッフフッ 確かに…。 フフフフ! ねえ よかったら ちょっとだけ 食べてかない?」
布美枝「あ~ すいません。」
キヨ「今日も来ないかね 太一君。」
布美枝「え?」
美智子「最近 友達とのつきあいで 忙しいらしくて。」
キヨ「まあねえ… うちは寂しいけどさ 同じ年頃の仲間ができたってのは いい事だからね。」
布美枝「うん。 そうですか。」
美智子「はい どうぞ!」
布美枝「すいません。」
美智子「は~い。」
布美枝「いただきます ほら 藍子 おいしそうだねえ。」
美智子「ウフフ~ン!」
布美枝「あ そうそう 和枝さんのところ テレビ買ったんですね。」
美智子「そうなのよ。 『オリンピック見るんだ』って 張り切ってんの。」
キヨ「猫も しゃくしも テレビ テレビ。 お客さん取られて こっちは 商売あがったりだよ。 ちょっと前まではさ 土曜の午後は ご飯を食べる暇もないほど 込んでたのにさ。 もう こう客が少ないと 忙しかった頃が懐かしいよ!」
美智子「おばあちゃん 愚痴っぽいわよ。」
キヨ「それに ほら おまけに… あの例の… 『不良図書から 子供を守る会』の連中が 商売の邪魔しにくるんだよ。 守ってほしいのは こっちだってのにさあ。」
美智子「ほんとよねえ。 うちの店も どうなる事か…。」
布美枝「そんなに厳しいんですか?」
美智子「もうね 貸し賃10円で やっていくのは 無理かも」
キヨ「やっぱり 15円に値上げかね?」
美智子「うん…。 でもね 値上げして お客さんが来なくなった店も あるって聞くしね。」
キヨ「やれやれ 八方ふさがりだ。」
太一「こんにちは!」
美智子「あっ!」
布美枝「ああ!」
美智子「太一君 来た は~い!」
こみち書房
キヨ「はい どうぞ。」
客「どうもありがとう。」
田中家
太一「やっぱり うまいなあ。 おばさんのコロッケ。」
美智子「どんどん食べてね。」
キヨ「うちに顔 出さないで どこ ウロウロしてたんだい?」
太一「うん あちこち…。」
美智子「みゆき族っていうの? 銀座辺りに集まってる若い人。 そういうとこ行ってるの?」
太一「いや 俺は ジャズ喫茶とか…。」
美智子 布美枝「ジャズ喫茶 ?!」
キヨ「不良が集まるとこじゃ ないんだろうね?」
太一「あ いや そういうんじゃ…。
美智子「あ お帰りなさい。」
布美枝「お邪魔してます。」
太一「どうも。」
政志「ああ 飯 頼むわ。」
美智子「はい。」
政志「よいしょ… はあ~。」
キヨ「今日も また お馬さんですか?」
政志「まあな…。」
キヨ「40円もする新聞買って…。 うちは 一冊10円の小商い してるってのにさ。」
政志「元 取りゃ 文句ねえだろ。」
キヨ「取ったってさ 次のレースに つぎ込むんじゃないか。 こっちは 5円の値上げで 頭 抱えてるって時に のんきなもんだ!」
政志「…うるせえな! もう…。」
太一「第8レースの本命… 逃げ馬の すんげえヤツですよね。」
政志「何だ あんちゃん… 競馬やんのか?」
太一「いや ちょっと 本で読んだだけで…。 競馬場には 行った事ないですけど…。」
政志「それじゃ 話になんないよ。 競馬っていうのは 競馬場行って 身銭切って 馬券買わねえと。 一緒に行くか? これから。」
キヨ「何 言ってんだよ あんた。 太一君を道連れにするのは よしてくれよ!」
美智子「そうよ 変な事 教えないで ちょうだい。」
政志「冗談だよ。」
太一「俺 行きます!」
布美枝「えっ!」
美智子「えっ!」
太一「いっぺん 行ってみたかったんです。 連れてって下さい!」
美智子「太一君…。」
嵐星社
茂「え? もう創刊ですか? 確か 創刊は 今年の秋と…。」
深沢「そのつもりだったんだけど 思いの外 トントン拍子に 準備が進んでね。 資金も なんとか 調達できた事だし こうなったら 早い方がいいから。」
茂「『ゼタ』?」
深沢「雑誌の名前。 『月刊ゼタ』。」
茂「『ゼタ』か…。」
深沢「カタカナ2文字って ちょっと ないでしょ?」
茂「なかなか新鮮ですな。」
深沢「でね 急ぎで申し訳ないんだけど 原稿 お願いできないかなあ。 8ページの短編を1本。」
茂「ええ。 いつまでに?」
深沢「早ければ早いほど いいよ。 何しろ もう 印刷所に入れないと 間に合わない。」
茂「ええっ?!」
深沢「実は 何本かは 古い作品の 再録にしようと思ってるんだ。 さすがに 書き下ろしを揃えてちゃ 間に合わないから。」
茂「でしょうなあ。」
深沢「2号 3号と出しながら 形になっていけば いいんだよ。 雑誌の創刊なんてものは 勢いだからね。 勢い!」
茂「それにしても 大慌てですな。」
深沢「片方ないからさ。 方肺飛行だから。 前に結核やった時は 高いストマイ注射 何本も打って 持ち直したけど この間は とうとう いけなかったよ。 ろっ骨7本切って 肺を片っぽ取られて…。 ま 今は このとおり ピンピンしてるけど モタモタしてたら また ダメになるかもしれんからね。」
(ドアが開く音)
郁子「ただいま戻りました。」
深沢「お帰り。」
郁子「あら 水木先生。」
茂「どうも…。」
郁子「社長 丸岡薬品さん 広告 出稿して頂ける事に なりました。 表4に カラーで出して下さるそうです。」
深沢「そうか よく取れたね!」
郁子「大江戸印刷さんと 藤吉製菓さんからも 半ページの広告 頂きましたよ!」
深沢「へえ! ほら 『ゼタ』は 雑誌やから 広告 取って 製作費を稼がなきゃね。」
茂「この人が 広告取りも やっとるんですか?」
深沢「私が行くより成績いいんだよ。 みんな 美人の頼みには 弱いらしい。」
郁子「また そんな事を。」
深沢「『才色兼備』ってやつだ。 天も たまには 二物を与えるね。」
郁子「こうやって おだてて こき使うんですよ。」
深沢「見透かされてる…。」
(2人の笑い声)
郁子「創刊号の制作費 見積もり 置いておきました。」
深沢「ああ 見たよ。 用紙代 もう少し 削れんかなあ?」
郁子「分かりました。 紙問屋さんと交渉してみます。」
深沢「頼むよ。」
茂「はあ テキパキしとるなあ…。」
深沢「ともかく 我々は走りだした訳ですよ。 水木さんの漫画 毎号 載せていきたいと思っています。 引き受けてもらえますか?」
茂「…ええ もちろん!」
深沢「よし! 『ゼタ』を舞台に 自由に暴れて下さい。 一緒に 新しい漫画を作りましょう!」
水木家
居間
布美枝「この前 言っとった雑誌 もう出るんですか?」
茂「ああ 『7月末には発売する』と 言っとった。 突っ走っとるなあ 深沢さんも。
布美枝「ほんなら すぐに描き始めんと いけんですね。」
茂「ああ。 時間は ないが 面白いもんにせんとな。 何しろ 創刊号だ。」
浦木「ゲゲ おるか?」
布美枝「あら… 浦木さん。」
茂「またか… 『おらん』と言って 追い返せ。 あいつが おったら 仕事の邪魔だ。」
布美枝「そげですね。」
浦木「お~い お客さん 連れてきたぞ。 あ~ 奥さん 失礼しますよ。 おい 遠慮せんで 入った 入った。」
太一「こんばんは…。」
政志「あ どうも…。」
布美枝「あら! なして 浦木さんと一緒に…?」
浦木「うん 競馬場で ゲゲの事を 話しているのを耳にしましてね。 ファンかと思って話しかけたら 何の事はない 知り合いだ と言うじゃないですか。」
布美枝「ええ…。」
浦木「お前が 有名になったのかと 思ったが そんなはず なかったな。」
茂「何の用だ?」
浦木「は~ 飯…。」
茂「え?」
浦木「飯 食わしてくれ。 3人ともオケラで ここまで 歩いてきて 力 尽きたあ。」
布美枝「どうぞ。 何もないですけど…。」
浦木「ほんと 何もありませんな。」
茂「いきなり上がり込んで 人の家の飯に ケチつけんな!」
太一「すいません! この人が グイグイ引っ張るもんですから。」
政志「俺まで くっついてきちまって…。」
浦木「あ~ん 遠慮には及びませんよ。 ゲゲと俺は 尋常小学校以来の『竹馬の友』。 『肝胆相照らす仲』とでも言うか…。」
茂「くされ縁。 いや もう悪縁だな…。」
浦木「ハハッ。 いや しかし 今日は してやられたなあ。 本命に張れば 大穴が来るし 大穴に張れば本命が来る。」
布美枝「太一君も?」
太一「はい…。」
政志「にいちゃんには ビギナーズラックってのが あると思ったんだけどなあ。」
浦木「あんた 運がなさそうな顔してるよ。」
茂「自分だってオケラのくせに。」
浦木「俺は 今日は たまたま 厄日だっただけだ。 お前と違って 貧乏神に 取りつかれとる訳じゃねえ! 大体 いつまでたっても 貸本漫画に しがみついとるから こういう貧しい物しか 食えんのだぞ。」
布美枝「まあ ひどい…。」
浦木「もっと労働に見合った報酬を 得られる仕事を探せ。」
太一「失礼だな 浦木さんは。」
浦木「おい 青年。 大人の会話に 口を挟んでは いけん。 現実は 厳しいんだ。 時代は動いとる。 お前 モタモタしとると 最終バスにも 乗り遅れるぞ。」
茂「いらん お世話だ…。」
政志「しかたねえよなあ。 いろいろ諦めてんだろう 先生だって。」
茂「え?」
政志「しかたねえよ。 割りのいい仕事ったって 片腕じゃ 思うように いかねえもんなあ。 戦争に行きゃ ひでえ目に遭うし 戻ってきても ろくな事はねえ。 どこまで行ったって 損するように 出来てんのさ 俺たちゃ…。」
浦木「ズバッと言うね この人… ハハハハ!」
茂「しかたないか…。 そんなふうに思った事は ないですな。 好きで描いとるんですよ。 自分は 好きで 漫画を描いとるんです。 貧乏は たまりませんが 損しとるとは 思わんですなあ。」
政志「好きな事…。 へっ 人間 好きな事に 裏切られるって事だってあんだぜ。」
<政志の言葉に 布美枝は 何か ドキリとしました>