ドラマダイジェスト

連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」第83話「旅立ちの青い空」

あらすじ

警官がやって来る騒動があって以来、「こみち書房」を訪れる客の数は日に日に減っていった。茂(向井理)は、深沢(村上弘明)の「ゼタ」に漫画を発表し続けていた。布美枝(松下奈緒)は、茂の原稿を届けに行った折に、深沢から漫画にかける思いを聞かされる。「こみち書房」は、地主から地代の値上げを申し渡され、さらに追い詰められることになり、政志(光石研)と美智子(松坂慶子)との間にも、ぎくしゃくした空気が流れる。

83話ネタバレ

水木家

居間

<茂は 創刊以来 毎号 『月刊ゼタ』に 風刺の利いた 短編漫画を描いていました>

茂「これも面白いぞ。」

嵐星社

(ノック)

布美枝「失礼します。」

編集部

深沢「うん これは 傑作だ。 『猫を飼っているつもりの人間が 実は 猫を養うために 働かされている』か。 いいとこをついてるなあ。」

布美枝「はい。」

深沢「こういう 苦みの利いた風刺漫画も 水木さんならではですね。」

布美枝「私も『ゼタ』に描かせて頂いとる 漫画 大好きなんです。」

深沢「へえ~。」

布美枝「笑って読むんですけど 世の中のおかしな事や 間違っとる事に 気づかされてるような気がして。 こんなふうに思うの 貧乏のひがみでしょうか?」

深沢「いやいや 同じように 受け止めている読者が 大勢いますよ。 反響の手紙 たくさん届いてます。」

布美枝「『水木しげる作の『勲章』は 肩書き社会の愚かしさを描いて 実に見事です』。 わあ~ 褒めてくれとる。」

深沢「お陰で 『ゼタ』の評判も上々です。 まだまだ 赤字だけど 手応えは 十分。 何しろ 作ってる私が 楽しくて しかたないんですから。 ハハハ!」

深沢「奥さん ちょっと 待っててもらえますか? 加納君が戻ってきたら 原稿料を お渡しします。」

布美枝「はい。」

深沢「金庫番は 彼女でね。 信用ないんだ 私。 丼勘定だって 叱られてばっかり。」

布美枝「そうなんですか?」

深沢「猛スピードで創刊したもんで 資金繰りで 加納君に苦労かけて。 今は 頭が上がらない。 ハハハ!」

布美枝「退院されてから あっという間に 創刊でしたもんね。」

深沢「面白いと思ったら すぐ始めないと 気が済まない。 それに 死んでも死にきれないと 思いましたからね。」

布美枝「え?」

深沢「療養所のベッドで 天井ばっかり 眺めてたでしょう。 このまま シャバに戻れないのかと 思ったら 悔しくて。 生きて出られたら 今度こそ すごい本 作ってやる。 次の機会は ないかもしれないから。 それに 世の中に もの申したい という思いも 少しありましてね。」

布美枝「もの申す?」

深沢「ええ。」

(ドアの開く音)

青年「あの…。」

深沢「おう 何だい?」

青年「ふ… 深沢さんは?」

深沢「私だけど。」

青年「漫画 見てもらえないでしょうか?」

深沢「持ち込みかい? いいよ 見せてご覧。」

青年「はい!」

深沢「話が独り善がりで 分かりにくいね。 絵も まだまだ。 だけど なかなか独創的で面白いよ。」

青年「僕『ゼタ』の大ファンなんです。」

深沢「そう ありがとう。 どの漫画が好き?」

青年「水木しげるです。 水木先生の漫画 これからも 毎号 載せて下さい。」

深沢「ああ。」

玄関

青年「ありがとうございました。 また来ます。」

深沢「ああ また 見せにおいで。」

青年「はい!」

編集部

深沢「毎日 持ち込みがあるんです。 大手と違って うちは 敷居が低いから。 まあ 実際 低いのは 原稿料だけど。」

布美枝「とんでもないです。 ページ500円は ありがたいです。」

深沢「恐縮です。 持ち込みも 漫画なら こっちも 少し アドバイスできるけど。 漫画以外の投稿も 結構 来るんですよ。 これは 詩ですがね。 添削して 返す訳にもいかんし。」

布美枝「あれ? 太一君。」

深沢「知り合い?」

布美枝「貸本屋さんの常連さんです。 こみち書房の。」

深沢「へえ~ そう? なかなか面白いよ この人。 浮かれてないっていうか 人間に 根っこがある気がするな。」

布美枝「はい。 『鬼太郎』の面白さを 教えてくれたのは 太一君なんです。 『怖いものは 懐かしい 明るいだけのものは 嘘っぽい』って。」

深沢「『明るいだけのものは 嘘っぽい』か…。 さっき 言いかけた話ですが。」

布美枝「ええ。」

深沢「私 戦時中 満州にいましてね。 軍関係の施設で 働いてたんです。 それで 情報が入ってきました。 『日本が負けそうだ』って。 どうせ死ぬなら 日本で死のうと 終戦の直前に なんとか 日本に戻りましたが…。 もし あのまま残ってたら シベリアに 引っ張られていたでしょう。」

布美枝「シベリアか…。 政志さんもだ。」

深沢「極寒の地で 亡くなった 友人もいます。 帰国してからも 偏見の目で見られて 苦労する姿も見た。 そんな事もあって 『高度成長だ 黄金の60年代だ』と 浮かれてる世の中に 漫画で 一石投じたいと 青くさい使命感を 抱いてもいるんですよ。」

布美枝「そうなんですか。」

郁子「ただいま 戻りました!」

深沢「ご苦労さん。」

布美枝「お邪魔してます。」

郁子「あら いらしてたんですか?」

深沢「原稿 届けに来てくれたんだ。 原稿料 お支払いしてくれ。」

郁子「はい。 書店さん 何軒か回って来ました。 今月号の出足 悪くないようです。」

深沢「おう そうかい。」

郁子「置き場所 目立つ所に 変えてもらいましたから。 駅前の店は 次号から 仕入れ数 増やしたいそうです。」

深沢「すごいでしょ。 私が 頭が上がらないってのも 分かるでしょ?」

布美枝「はい。」

こみち書房

布美枝「太一君の詩の事 まだ 内緒にしとった方がええかな? 今日も お客さん 誰もおらん。」

田中家

和田「こんな事 言いたくないんだけどね。 騒ぎを起こされたら 困るんだよ。 警官まで 来たっていうじゃないの?」

美智子「すいません お騒がせして。」

和田「言っちゃなんだけど 店 火の車なんでしょう? いったん お客さん 離れちゃうと 持ち直すの きついよ。 貸本屋は どこも苦しいって 言ってるし いっその事 商売替えしたらどう?」

美智子「いえ それは…。」

和田「ま とにかく 地代の方 よろしく頼みますよ。」

美智子「はい。 ご迷惑をおかけしまして。」

和田「いえ…。」

こみち書房

美智子「子供が来なくなると この商売は ダメねえ。 地代の値上げも 待ってもらえそうにないし。」

政志「ばあちゃんは?」

美智子「病院。 リューマチの薬 もらいに行ってる。」

政志「ああ。 ちょっと出てくるわ。」

美智子「ねえ どうしたらいいかな?」

政志「何だよ?」

美智子「聞こえてたでしょ。 地主さんの話。」

政志「ああ。」

美智子「今の店の売り上げじゃ 地代の 値上げに 追いつかないのよ。」

政志「やめちまえよ。」

美智子「え?」

政志「やればやるほど 赤字なんだろ? だったら やめちまえよ 貸本屋なんか。 今あるもん 全部 売っ払って アパートにでも 越しゃいいや。」

美智子「何で 簡単に言うのよ! やめろなんて 何で そんな事 軽く言うのよ! ここやめたら 何が残る?」

政志「うるせえな 俺に絡むなよ。」

美智子「だって そうでしょう? ここがあったから 今まで やってこられたのよ。」

政志「悪かったな 稼ぎの悪い亭主で。」

美智子「そんな事 言ってるんじゃないわ! この店があったから 町の人や 子供達が集まってくれて みんなで 笑ったり 泣いたりできた。 だから やってこられたの。 ここがあったから。」

美智子「あなた 私にも 自分の人生にも 背中 向けたままじゃない。 私を許さず いつだって 背中で私を責めてる。 そんな人と どうやって 暮らせばよかったのよ。 ねえ なんとか言ってよ!」

政志「出てくる。」

美智子「おしまいなのかなあ…。 店も… 私達も。」

水木家

居間

布美枝「美智子さん 大丈夫かな…。 何も力になれん。」

(犬のほえる声)

布美枝「あ… 藍子?」

(犬のほえる声)

茂「おい 藍子は?」
(藍子の泣き声)

政志「あっち行け!」

布美枝「藍子?!」

(藍子の激しい泣き声)

玄関前

布美枝「藍子!」

(犬のほえる声)

政志「大丈夫だ! ほえられて 泣いてるだけだ。 かまれちゃいねえ。」

布美枝「よかった…。」

茂「あんた…。」

布美枝「どうして… ここに?」

こみち書房

キヨ「ただいま。 病院 込んでて 随分 待たされたよ。 …あれ? 美智子 奥かい? 美智子?」

水木家

居間

布美枝「本当に ありがとうございました!」

政志「いいって 何度も頭下げなくて。」

布美枝「いつの間にか 勝手に外に出ていて。」

政志「目ぇ離すと 子供は どこにでも行っちまうから。 気をつけねえと。」

布美枝「…はい。」

政志「さっき… うちで 変な話 聞かせちまって。」

布美枝「美智子さんとは?」

政志「…戻りにくくてさ。 あんな事 あいつが言ったの 初めてだから。 うろうろしてる間に ここに来ちまった。 もう一遍 先生と話してみたくてさ。 前に言ったろ? 好きだから 漫画 描いてるって。」

茂「ええ。」

政志「でもよ… もし 漫画が 先生を追い詰めたら どうする? 漫画のせいで 仲間から裏切られたら?」

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