あらすじ
はるこ(南明奈)が何かに焦っている様子を、布美枝(松下奈緒)と浦木(杉浦太陽)は気がかりに思っていた。布美枝は深沢(村上弘明)に、太一(鈴木裕樹)が書いた詩を読んでもらおうと、深沢の会社を訪ねる。すると、そこには思いつめた雰囲気のはるこがいた。布美枝は、はるこを心配して言葉をかけるが、はるこは「漫画を描いている人間の気持ちが、ただそれを見ているだけのあなたにわかるのか」と答えるばかりだった。
86話ネタバレ
水木家
玄関前
雄一「ほんとに うちに泊まるのか? もう子供達も 大きくなってしまったけん 手狭だぞ なあ? こっち泊まった方が…。」
絹代「何 言っちょ~の? この家は しげさんの仕事場だがね。 いわば 男の戦場だが! 邪魔したらいけん!」
修平「こっちにおる間に また来るわ。」
茂「いつまで おるんだ?」
修平「せっかく来たんだ。 まあ1週間か そこらは。」
布美枝「お待ちしてます。」
絹代「仕事… 気張りなさいよ!」
茂「おう。」
居間
布美枝「布団 借りんで済みましたね。」
茂「いや… まだ 油断は ならんぞ。」
浦木「何で 俺まで 叱られるんだ。」
布美枝「浦木さん お土産に頂いた野焼き 一緒に食べましょ?」
浦木「いただきます。 しかし ゲゲのおふくろは 強烈だな。 俺 そうでなくても 心配のしすぎで 弱っとるのに…。」
布美枝「何か あったんですか?」
浦木「はるこさんが… おらんのです。」
2人「えっ?」
浦木「パチンコ屋に行ってみたら 半月前に辞めたというんですよ。」
布美枝「お勤め 変わられたんですかね?」
浦木「分からんです。 引っ越し先も 分かりません。 お前 あの人の行く先 知らんか?」
茂「いや 聞いとらん。」
布美枝「そういえば 近頃 うちにも お見えにならんですね。」
茂「そげだな。」
浦木「ここも 手がかりなしか…。 近頃 様子が変だったから 俺は 心配でならんのよ。」
回想
はるこ「私 もう時間がないんです!」
回想終了
布美枝「連絡くれると ええですけどね。」
すずらん商店街
(商店街の賑わい)
乾物屋
布美枝「こんにちは! あれ… おられん。」
和枝「布美枝ちゃ~ん 奥入って~!」
靖代「出来たのよ! とうとう。」
山田家
布美枝「うわ~! 『シリウス』か。 ええ名前ですね!」
太一「今日 刷り上がって 早速 持ってきたんだけど。」
靖代「ちょっと いい? ここ。 ああ これだ これだ! ほら 『幻の沼』 小林太一。」
太一「あ… 下手くそなんだけど…。」
徳子「いいわよ! いい詩じゃないの!」
和枝「あら 徳子さん 詩が分かるの?」
徳子「あのね 詩は分かるもんじゃなくて 感じるもんなのよ! ねえ?」
靖代「そうだよね。 何か 太一君の詩ってさ 感じるものが あるんだよねえ!」
和枝「確かに!」
太一「いや…。」
靖代「『ほんとは あるのに 僕には見えない』。」
3人「分かるよね! 分かる!」
徳子「あ! 美智子さんに 送った?」
太一「さっき 郵便局で出してきました。」
和枝「喜ぶだろうなあ!」
徳子「近所中に 見せて歩くんじゃない?」
和枝「美智子さんの事だから きっと もう 近所に お仲間が いっぱい できてるね!」
靖代「あ! もしかしたら 太一君さ 千葉じゃ あんた もう 有名詩人かもしれないよ!」
徳子「嫌だ! まさか そんな」
太一「おばさん 元気かな?」
靖代「嫌だな しんみりしちゃって。 美智子さんに どやされちゃうよ! もう。」
徳子「そうだね!」
布美枝「あ… そうだ。 この本! 深沢さんに 送ってみたら?」
太一「『ゼタ』の深沢さんですか?」
布美枝「ええ。 前に投稿した詩 褒めておられたから。」
太一「いや でも…。」
徳子「いい話じゃない! 出版社の人に 紹介してもらえるなんてね!」
靖代「うん。 『善は急げ』だ! 布美枝ちゃん! 今から 行っといで 出版社。」
布美枝「え? 私 買い物の途中で…。」
嵐星社
編集部
郁子「どうぞ。」
深沢「うん…。」
はるこ「あの…。 どうでしょう?」
深沢「絵は うまくなった。 ストーリーも悪くない。」
はるこ「はい。」
深沢「でも これ あんたらしくないね。」
はるこ「え?」
深沢「もう 3年前になるかい? 最初に うちに原稿持ってきたの。」
はるこ「はい。」
深沢「下手だったけど あんたにしか描けない 何かがあって そこが 面白かったよ。 これは よく描けてるけど 面白くはないな。」
はるこ「…ダメって事ですか?」
深沢「ん?」
はるこ「『ゼタ』には 載せてもらえませんか?」
深沢「うちの採用基準は 一つしかないんだ。 うまくなくてもいい。 でも 面白くなきゃダメだ。 あんた 自分の漫画を 手っとり早く 出来合いの型に 押し込もうと してるんじゃないか? それやっちゃ いかんよ。 まあ 焦らずに もう一回 自分の漫画と 向き合ってみたら どうだい?」
はるこ「それじゃあ 売れないって 言われました。」
深沢「え?」
はるこ「自分の描きたいように描いてたら 雑誌では 相手にされません。 人気漫画を研究して 読者に受けるように描き直せって 言われます!」
深沢「そりゃ 独り善がりじゃダメさ。 でも 漫画は 規格品じゃない。 自分らしさを見失ったら 何にもならんよ。」
はるこ「自分らしさなんて 認められなきゃ 意味がないんです!」
深沢「え?」
はるこ「雑誌で描けなきゃ 何にもなりません。 大手の雑誌で。 『ゼタ』だって 大手には 相手に されてないじゃないですか?!」
布美枝「こんにちは。 お忙しいところ すいません。」
深沢「どうぞ。」
布美枝「あら! はるこさん! もう 心配しとったんですよ! パチンコ屋さん辞めて 居所が分からないって! よかった。 『ゼタ』で お仕事されとったんですね。」
はるこ「すいません 失礼します。」
布美枝「はるこさん?!」
玄関
布美枝「どうしたんですか? うちにも 顔 見せてくれんし 何か あったんじゃないかって 昨日も 浦木さんが心配して…。」
はるこ「別に 何もないです! 漫画 描くのが忙しくて 店 辞めただけで。」
布美枝「そげなら ええですけど…。」
はるこ「私 これで。」
布美枝「あっ あの…! 余計な お世話かもしれんけど 何か 困った事が あるんじゃないですか? 話を聞くくらいなら できますけん よかったら うちで 一緒に ご飯でも…」
はるこ「余計な お世話です。」
布美枝「えっ…。」
はるこ「布美枝さんに話したって しかたがないです。 漫画 描いてる人間の気持ち 布美枝さんに 分かるんですか? そばに いるだけでしょ? 布美枝さんは 先生のそばにいて 見てるだけじゃないですか。 自分で苦しみながら 漫画を描いてる訳じゃない!」
布美枝「それは…。」
はるこ「失礼します。」
編集部
布美枝「どげしたんだろう? あ… すいません! ちゃんと ご紹介もせんまま。」
深沢「いや 名前 見て すぐ分かったよ。 水木ファンの詩人だなって。」
太一「あ… 詩人だなんて…。」
深沢「どうぞ。」
布美枝「すんません。」
深沢「彼女 どうした?」
布美枝「帰ってしまわれました。 私 何か いらん事 言ったようで。」
深沢「いや 奥さんのせいじゃないです。 私が 作品について ズケズケ 言ったから。 これ 面白いですよ 『シリウス』。 彼の詩 荒削りで素朴だけど 何だか 心を打つね。 詩が好きかい?」
太一「はい!」
深沢「書く事が好きかい?」
太一「はい!」
深沢「それじゃあ どんどん書くといい。 技術は 後から ついてくるから。」
太一「はい。」
深沢「漫画も詩も 好きという気持ちが 一番 大事だからね。 彼女も そこから スタートしたはずなんだが。」
布美枝「はるこさん どうかしたんですか?」
深沢「まあ 焦る気持ちも 分からんじゃないんだ。 デビューして もう3年になるから。」
郁子「全然 違うわ。」
深沢「ん?」
郁子「この漫画家さん まだ二十歳の 女性なんですけど とても斬新で。 さっきの方のは 何だか 人気漫画家の 写しみたいでしたから。 残酷なもんですね 才能って。」
深沢「いや 彼女も いいもの持ってるよ。 そう捨てたもんでもない。 ちょっと 気持ちを入れ替えりゃいいんだが…。 この本 『ゼタ』の新刊紹介に 載せてもいいかい?」
太一「もちろん! お願いします!」
深沢「幾らか売れるとは思うけど 連絡先は どうする?
太一「じゃあ 僕のところで。」
深沢「じゃあ 住所を書いてもらえる?」
太一「はい。」
太一「まだ 布美枝さんに 言ってなかったけど…。」
布美枝「何?」
太一「俺 引っ越すんです。」
布美枝「え?」
太一「工場が厚木に移転するんで で 社員寮も その近くに。」
布美枝「いつですか?」
太一「来週には。」
布美枝「太一君も いなくなるのか…。」
水木家
居間
茂「『幻の沼』か…。」
太一「実家の綾織から 小友に抜ける峠に 不思議な沼があるって 死んだ ばあちゃんが 話してくれた事があるんです。」
茂「『不思議な沼』?」
太一「いつもは ないのに 時たま現れる沼で そこには 海の魚も 川も魚も みんな 住んでるそうなんです。」
茂「ほう それは ええな。 いろんな魚が 一遍に釣れて。 食うものには困らん。」
太一「ところが その沼を見た人は 必ず病気にかかって 死んでしまうといわれていて…。」
布美枝「あ 怖っ!」
茂「うん。 昔から伝わっとる話は やっぱり どこか 恐ろしいところがあるな。」
太一「はい。 けど 恐ろしいから面白いんです。 先生の漫画と一緒で。 俺… どこに行っても 先生の漫画 ずっと 読み続けますから。」
茂「うん。」
布美枝「支度できました。 晩ご飯にしましょう。」
太一「あっ! 運ぶの手伝います。 それ 持ってっていいですか?」
布美枝「お願いします。」
<太一は いつの間にか すっかり たくましくなって 自分の道を 歩き始めていました>
布美枝「美智子さん 太一君 しっかり やってますよ。」
仕事部屋
布美枝「お父ちゃん お茶はいっとるよ。」
回想
はるこ「漫画 描いてる人間の気持ち 布美枝さんに分かるんですか? 布美枝さんは 先生のそばにいて 見てるだけじゃないですか。」
回想終了
布美枝「見てるだけか…。 (ため息) それしか できんもんなあ 私…。」
<はるこに言われた言葉が 布美枝の心に トゲのように刺さっていました>