あらすじ
パッチ屋に来て2年がたった昭和5年。糸子(尾野真千子)は、パッチ作りは一通りのことが出来るようになった。しかし泰蔵(須賀貴匡)の妻でセンスのよい八重子(田丸麻紀)に洋服も作ってみたらと言われ、洋服作りという本来の夢を思い出す。幼いころもらったドレスを窓際で眺めていると、洋服姿の奈津(栗山千明)を偶然見かけ、糸子には悔しさが込み上げる。洋服を作るとなれば善作(小林薫)が反対するのは目に見えていた。
17回ネタバレ
木之元電キ店
昭和5年(1930)
玄関前
♬~(ラジオ体操)
<昭和5年 夏 木之元電キ店に やっと ラジオが来ました>
「木之元さん おおきに!」
木之元「はい!」
糸子「おっちゃん おおきに! 行ってきます!」
木之元「行っちょいで! 頑張りよ!」
糸子「は~い!」
道中
糸子「あ… 勘助や。」
<勘助は この春中学を卒業して 紡績工場で働き始めました>
糸子「朝から 何しょぼくれてんねん!」
勘助「糸やん おはようさん。」
糸子「元気 出さんかい 元気!」
勘助「うん。」
<仕事が きついらして 毎朝 どえらい しみったれた顔で 工場へ通ってます>
糸子「あいつ また今度 活 入れちゃらなあかん。」
枡谷パッチ店
仕事場
糸子「仕事はな 学校とちゃうねん。 そら厳しいんは 当たり前の事や。」
<うちのパッチ屋修業も 2年になります。 うちの下は まだ入ってきてへんさかい やっぱり うちが 一番 下っ端です>
糸子「あ~!」
<そいでも ただの下っ端とは ちゃいます。 うちかて成長しました。 パッチは もう 裁断から仕上げまで 一とおりの事は できるようになりました>
糸子「よいしょ!」
糸子「はい。」
坂本「ええ? もう縫えたんけ?」
糸子「はい。」
田中「もう縫いよったで。 あいつ仕事 速いのう。」
岡村「いやいや まあ 見ててみ。」
坂本「アホ! よう見てみい! ふん!」
糸子「うわ~!」
田中「また やりよった。」
岡村「ほらな さっすが目打ちの小原や。」
坂本「慌てんと丁寧にやれ ちゅうてるやろが!」
糸子「はい… すぐ やり直します!」
<縫うた目を ほどくのに使う この道具を 目打ちといいます>
田中「おい 目打ちの小原!」
糸子「へえ。 おおきに! すんません。」
<気持ちばっかり 先 行ってしまうんは 性分なんやろか。 慌てて 縫うちゃあ 失敗しちゃあ 目打ち使てるっちゅうんで うちは みんなから>
坂本「ヘッ 目打ちの小原が…。」
<…と 呼ばれしもうてます>
安岡家
居間
糸子「こんにちは~!」
糸子「(小声で)『勘助 いてる? 上?』」
(せみの鳴き声)
糸子「あ~。 太郎! あ~。 泰蔵にいちゃん そっくりやな。」
八重子「なあ。 フフフ!」
勘助の部屋
勘助「そやかて もう工場 行きたないねん。 ほんまに嫌やねん。」
糸子「あんな 今くらいが 一番しんどいねん。 うちかてな そら いろいろ あったんやで。 けど それを我慢して 乗り越えて…。 お前 聞いてんのか?」
勘助「聞いてるけどよ。」
糸子「何や?」
勘助「糸やん 知らんやろ?」
糸子「何をや。」
勘助「うちの主任と 班長な。 ほんまに 鬼みたいな奴なんやで。」
糸子「そんなもん 知るか! 鬼みたいな奴なんか どこにでも いてらし! 今は お前の話をしてんのじゃ。 お前が もっと…。」
勘助「うわ~ うるさい うるさい! うるさい 嫌なもんは嫌なんじゃ。 ほんまのほんまに 行きたないねん もう 俺の事は ほっといてや! ああ~!」
居間
糸子「おばちゃん あら どうにもならんで。」
玉枝「ほうけえ?」
糸子「そやけど まあ 勝手には辞めへんやろ。 泰蔵にいちゃんに どんだけ 怒られるか分からへんし そんな根性はないで。」
玉枝「そこまで嫌なんやったら やっぱし 辞めさせちゃった方が ええんかの。」
糸子「甘やかしたら あかんて。 せっかく あんな でっかい工場に 就職でけたんやさかい。」
玉枝「まあなあ そやねんけどなあ。」
糸子「あ それ『令嬢世界』?」
八重子「うん。」
糸子「今月のん?」
八重子「そうや 見る?」
糸子「見る見る! お! 見てこれ スカートこない長い。」
八重子「今の 流行りみたいやな。」
糸子「流行?」
八重子「うん 今月のん こんなスカートの人 多かったもん。」
糸子「へえ~! わ! ほんまや この人も長い。」
八重子「そやろ?」
糸子「うん。」
<泰蔵にいちゃんの お嫁さんの 八重子さんは パッと見ぃは普通やけど よう見たら 案外 おしゃれな人で この『令嬢世界』とかを 毎月買うて 見せてくれたり>
八重子「糸ちゃん この人の帽子 形 見てみて。」
糸子「うわ。」
八重子「パリで流行ってる形やねんて。」
<洋服の事も よう知ってて いろいろ教えてくれるさかい うちは このごろ 八重子さんと しゃべるんが ごっつい 好きです>
八重子「糸ちゃんは?」
糸子「え?」
八重子「洋服 作らへんの?」
糸子「ああ…。」
八重子「パッチが縫えるんやから 洋服かて縫うてみたら ええのに。」
糸子「そやった。 うち 洋服 作りたいんやった。」
町中
『生意気な小僧め お前からやってやる! 覚悟しろよ! それ~! かかれ~! やあ~!』。
<ミシンかて パッチかて そもそもは 洋服を作りたて 始めた事やったんでした>
糸子「忘れちゃった。」
小原家
座敷
<結局 誰も着んまま しまい込んでる間に これも すっかり色あせてまいました うちも毎日の仕事に 追われてる間に 肝心な事を 忘れてしもうてました あない洋服 作りたいて 思てたのに。 昔は ここから こないして見てたら>
糸子「もっと うれしかったのになあ。」
<うちの夢 冷えてしもたんかの>
(足音)
木之元電キ店
木之元「見てっちゃってよ 買うてっちゃってよ! 木之元電キ店! あ! 奥さん ラジオ知ってるか ラジオ! ええで ええで! 見てっちゃって!」
♬~(ラジオ)
糸子「奈津!」
奈津「あ!」
糸子「何で? あんた洋服 着てんの?」
奈津「ええやろ 別に。」
糸子「どないしたん? その洋服。」
奈津「どないしたって 作ってもうたに 決まってるやんか。」
糸子「作ってもうた? 誰に どこで?」
奈津「心斎橋。」
糸子「心斎橋?」
奈津「心斎橋に このごろ ええ洋裁店 ようさん出来てるさかい。 こないだも また新しいのん 頼んできたとこやし。」
糸子「何で あんたが洋服やねん。」
奈津「何でて 何やねん。 失礼やな。」
小原家
座敷
糸子「うわ~!」
(せみの鳴き声)
<うちの夢やのに 洋服は うちの夢やったのに>
糸子「う~ん。」
<うちがボケっとしとる間に 奈津の方が 洋服に近づいてまいよった>
(わめく声)
<作らな はよう うちも 洋服 作らな!>
(わめく声)
善作『やかましい! 何バタバタしとんねん!』
<そやった それには やっかいな事があったんでした>
居間
<お父ちゃんです>
善作「ほんまに 木之元んとこは あんな ラジオみたいな インチキなもんで 客寄せしよってからに。 また 客もアホやさかい あんなもんに すぐ飛びつきよる。」
ハル「ひがみな みっともない。」
善作「誰が ひがんでんねん。 ひがむかい! わしはな 日本人の魂の話を しとんのじゃ。」
<相変わらず お父ちゃんにとって 洋服は目の敵です。 うちが また 洋服作り出したりなんかしたら どんだけ怒りだすか 分かりません>
善作「何や?」
<どないしよう? そやけど そんな事で 諦める訳には いけへん>
(ため息)
善作「はあん…。 何 言ってるのか お前は!」
安岡家
玄関
八重子「そやなあ。 あ… そや。」
糸子「ん?」
八重子「お父ちゃんに 縫うてあげたら?」
糸子「お父ちゃんに?」
八重子「うん。」
糸子「何を?」
八重子「洋服。」
糸子「洋服?」
八重子「まず とにかく お父ちゃんに 着てみてもらうねん。 自分で着てみて なるほど こらええもんやなあてなったら 許してくれるん ちゃうかの。」
糸子「無理や そんなん。 洋服なんか 死んでも うちのお父ちゃん 着れへんわ。」
八重子「分かれへんて。 娘が縫うてくれるんやもん。」
糸子「絶対 無理や。 うちの お父ちゃんのこっちゃ 何じゃこら ちゅうて 破いてしまうんが オチじょ。」
八重子「そんな事ない やってみいて。」
糸子「う~ん。」
八重子「なあ 糸ちゃん だって 奈っちゃんが洋服 着て 初めて 商店街 歩いてんの見て 恰好よかったやろ?」
糸子「う~ん。」
八重子「うちら女が 何でも 初めての事 しよう思たら。 そら 勇気がいる。 けどな その分 恰好ええさかい! 頑張ってみ!」
糸子「うん!」
八重子「うん!」
糸子「うん!」
八重子「ねえ!」
糸子「フフフ!」