あらすじ
善作(小林薫)は根岸(財前直見)に土下座して、糸子(尾野真千子)に洋裁を教えてほしいと頼む。ある日、糸子が家に帰ると、根岸が善作に謡を習っていた。根岸は、1週間だけ小原家に泊まり謡を教わる代わりに、糸子に洋裁を教えることにしたのだという。糸子は大喜びし、千代(麻生祐未)たちも洋食を作ろうとするなど、張り切って準備する。いよいよ、その日、洋服を着こなした根岸が、岸和田の街をさっそうと歩いてきた。
22回ネタバレ
スティンガーミシン教室
善作「こんにちは。」
根岸「え~と… どこかで?」
善作「木之元… 木之元~!」
木之元「はあ? あっ 毎度 先生~! 木之元でございます。」
根岸「岸和田の?!」
木之元「はあ。 あ こっちは 小原呉服店の主人で こないだは お世話になりました。」
根岸「それは気付かずに失礼致しました。 今日は? お二人で 心斎橋に出ていらしたんですの?」
木之元「はあ 善ちゃんが 何や『先生んとこに どないしても連れてけ ボケ!』ちゅうよって。」
善作「先生! 本日は 先生に お願い事があって 岸和田から出て参りました。 時間 とってもらえませんやろか? このとおりです!」
バーラー・浪漫堂
「ご注文は お決まりですか?」
善作「コーヒーちゅうたら あれか? 黒いやつか?」
「そうです。」
善作「味は どんな味すんねん?」
「味? 味は 苦いです。」
善作「苦い? わしでも 飲めるか?」
「さあ…。 飲めるんと ちゃいます? みんな 飲んではるさかい。」
善作「ほな コーヒー。」
「かしこまりました。」
根岸「こんにちは。」
「いらっしゃいませ。」
根岸「あ お待たせしました。 申し訳ありません。」
善作「いやいや。」
「お待たせ致しました。」
♬~(レコード)
善作「おう… ホホホッ はあ。 いや お願いちゅうのはですな 先生。」
根岸「ええ。」
善作「うちの娘に 洋裁 教えちゃってくれませんやろか?」
根岸「その事でしたら 糸子さんにも お話しをしたんですけども 私は ここでは あくまでも ミシンの講師なんです。」
善作「分かってます! それは 先生ほどのお方 立場も 事情も 山ほど おありでっしゃろ。 そやから もちろん それなりのお礼を させてもらうつもで来ました。 いやいや そんなん言うたら 大げさなようやけど それくらいの覚悟で お願いに上がりました。」
善作「情けない話 呉服屋ちゅう商売は もう 先 ありませんわ。 世間の言うとおり これからは 洋服の時代です。 糸子は 言うたら 行き当たりばったりの 勢いと 馬力だけの娘です。 せやけど 洋服 作りたいちゅうのだけは あれが 十の年から 一日として 変わりません。 ミシンかて 覚えたい一心で パッチ屋に勤めて3年 きっちり 一人前になりよった。」
善作「正直 呉服屋の親父としては 意地張りたい事も あります。 けど もうそろそろ 降参ですわ。 これから わしは あいつの洋服 作るちゅう夢を 助ける側に回らな あかんと 思うようになりました。 せやけど 岸和田にも心斎橋にも 先生のような方は おらん。 いや おったら とうの昔に 糸子が 飛びついちゃるはずです。 どないしても 先生やないと 教われん事がある。」
善作「あいつは あいつなりに思てるんです。 親として わしのできる事は 一つ。 家財一式 売り払うてでも 先生の教えを あいつに与えちゃる。 それですわ。 いや… それしか ないんですわ 先生! どうか 娘に洋裁を 教え…。」
根岸「ちょっと ちょっと 待って下さい。 ひょっとして それは 土下座というものを なさるおつもり?」
善作「はい!」
根岸「そんな… おやめになって! 早く 椅子に座って。 早く 早く!」
善作「あ… いや。」
根岸「はあ びっくりした…。 はあ。 土下座なんて 初めて…。」
善作「ああ そうですか。 いや 私ら 商売人は しょっちゅう やりますで。 こないだなんかは 床に 頭 こすりつけたら 上から下駄で踏まれて ここに 2本線 入りましたがな。」
根岸「嫌だわあ…。」
善作「しかし 何ですなあ 先生。 このコーヒーちゅうのは うまいもんですな。」
根岸「お礼ですけど。」
善作「はあ!」
根岸「私の希望を 聞いて頂きますわよ。」
小原家
玄関前
(犬の遠吠え)
木之元 善作♬『こがれこがれりゃ』
<その夜遅うに お父ちゃんは 木之元のおっちゃんと 酔っ払って 帰ってきました>
♬『テナモンヤないかないか道頓堀よ』
小原呉服店
善作「パッと見ぃはな ごつう黒いねん。 せやけど…。」
<寝てるうちらを たたき起こして 何や『コーヒーは うまいもんや』とか『いつか 飲ましちゃる』とか言うて 訳が分かりませんでした>
善作「そしたらな これが 悪うないねん。」
台所
糸子「嘘~!」
ハル「ほんまや。」
糸子「勘助 工場 クビになったん?」
ハル「うん。 玉枝さんが 昨日 来て 言うちゃった。 ほんまに 不況ちゅうのは 怖いもんやでなあ。 あんな でっかい工場が クビ切りよんやさかいな。」
糸子「へえ~。 へえ~。」
道中
糸子「不況やさかいな そら しゃあない しゃあない。 ヘヘヘッ…。」
安岡家
居間
玉枝「それがなあ うちのお客さんが『ちょうどいい話あんで』ちゅうて 昨日のうちに紹介してくれてん。」
糸子「お菓子屋?」
玉枝「そうやねん。 ご主人が 中風で 足 悪うしてな 店 手伝うてくれる若いの 探しちゃったんやて。」
お菓子屋
「おおきに!」
「おおきに!」
勘助「また来てや。 糸やん!」
糸子「何しとん? お前。」
勘助「何て 見たら 分かるやん。 今日から 菓子屋のにいちゃんや。」
糸子「昔 お前が だんご かっ払って おっちゃん 困らせた店やんか。 よう しゃあしゃあと 店番なんかして 恥ずかしないんけ?」
勘助「いや~ それが おっちゃんな 俺が 手ぇついて 謝ったら 泣いて喜んでくれてな『あの ごんたくれが わしを助けてくれるような年に なったんか』言うてくれて…。 俺も おっちゃんに できるだけの 罪滅ぼししたろ思ってんやよ。」
糸子「ふ~ん。」
勘助「工場なんかより 俺 こっちが ずっとええわ。 性に合うてるちゃうんかのう クビなって ほんま よかったわ。」
小原家
居間
♬~(善作の謡)
糸子「ただいま!」
千代「…お帰り。」
♬~(善作の謡)
糸子「謡か。 ふん あんなもん習うて 何が おもろいねん。 ほんま 世の中 暇人 多いなあ。 あ~。」
千代「勘助ちゃん どないやった?」
糸子「あのボケ さっさと お菓子屋に あんじょう 納まっちゃったわ。」
千代「お菓子屋?」
糸子「心配して 損した。 アホらし アホらし。」
千代「何を クサクサしてんの?」
糸子「何もない。 腹立つだけや!」
ハル「腹立ってるとこ 悪いけどな。」
糸子「え?」
ハル「起きてもらおか。」
糸子「何や?」
ハル「おばあちゃんは 何も 話 聞いてへんで。」
糸子「話? 話て?」
ハル「とぼけんな! あんな いけすかん女 うちに泊めるやなんぞ おばあちゃんは 嫌やさかいな。」
糸子「何の話よ?」
千代「ああ… そや 糸子。」
糸子「ん?」
千代「お父ちゃんがな『帰ってきたら 上に来い』て。 挨拶しに。」
糸子「挨拶? 謡のお弟子さんに 何で うちが 挨拶?」
千代「ただのお弟子さん ちゃうやん。 あんたのミシンの先生や。」
糸子「え? ミシンの先生て… 根岸先生?!」
座敷
根岸♬『袖さすは』
善作♬『天つ乙女の』
根岸♬『天つ乙女の』
善作♬『衣笠』
根岸「恐れ入ります。 今月いっぱいで 心斎橋の教室を 一旦 終えて 来月から また 東京で教える事のなったの。」
糸子「東京 帰ってまうんですか?」
根岸「ええ。」
糸子「そうですか…。」
根岸「でも 東京に帰る前に 会社から 1週間ほど 休みをもらいました。」
糸子「はあ…。」
根岸「その1週間で 私は ここに お世話になって あなたに 洋裁を教えます。」
糸子「はあ?!」
根岸「代わりに 私は お父様から 謡を教えて頂くの。」
糸子「え? 何で… 何で そんな事に…?」
根岸「細かい事は お話しできません。 それが お父様とのお約束なの。」
糸子「そんなん うち… うち… ほんま 頑張ります! おおきに! 手加減せんといて下さい。 先生 うちの事 しごきまくって下さい! うち 何が何でも ついていきますよって! おおきに!」
台所
<さあ それからが大忙しでした。 根岸先生の口に合うもんを 作らんならんよって お母ちゃんは 八重子さんに 洋食を教えてもらいました>
ハル「あ~あ 豚なんか 油で揚げて。 気色悪!」
玄関前
<先生を うちのオンボロ布団に 寝かせる訳にはいかんよって 布団屋に 打ち直ししてもらいに 行きました>
居間
糸子「おばあちゃん。」
ハル「はあ?」
糸子「ひょっとして この布団 使た?」
ハル「使たよ。」
糸子「何すんよ?! せっかく 打ち直してもろたとこやのに!」
ハル「うちの布団で うちが寝て 何が悪い。」
糸子「もう!」
<おばあちゃんだけが 何や知らん へそ曲げっぱなしなんが かなんけど>
玄関前
<そいでも ほんまに楽しみに うちらは その日ぃを待ちました>
糸子「あ… 来た…!」
<この格好ええ女の人は 今日から うちに 洋裁を 教えてくれる先生なんやで。 うちは 商店街中に叫びたい 気持ちで いっぱいでした>