あらすじ
勝(駿河太郎)に初めて歌舞伎に誘われ、驚きつつも一緒に出かけた糸子(尾野真千子)。最初はおっくうだったが、戦時下でもオシャレをした女性を街中で見かけて刺激を感じる。歌舞伎座で美しい女に声をかけられた。女は糸子に、勝がひいきにしている料亭の者だと挨拶する。心斎橋百貨店で思いがけずショールを買ってもらい、うれしくなった糸子。家に帰ってから、これからはオシャレもし、夫や子どもたちを大切にしようと思う。
57回ネタバレ
小原家
オハラ洋装店
糸子「歌舞伎?」
勝「行こうよ 一緒に。」
糸子「何 言うてんよ。 そんな暇なんか あるかいな この忙しいのに…。」
勝「ええやないか。 お前のう わしかて いつ 赤紙 来るやも しれへんやど。」
糸子「え? ああ…。」
勝「結婚してから このかた ず~っと 働きっぱなしで 夫婦らしい事 いっぺんも した事ないんやど。」
2階 座敷
<はあ… これも えらい 時代遅れの柄やけど しゃあないわなあ これしか ないんやし。 歌舞伎て… 春太郎のやつやったら 嫌やなあ…。 あ~あ 何で 急に ほんな めんどくさい事 言いだしよったんやろ>
玄関
ハル「あら! 来た 来た。」
糸子「あっ 午後から 西村さんが 子供さんのシャツ 取りに来てくれるさかいな。」
静子「はいはい 分かってるて。」
ハル「あんた 何や? その顔。」
糸子「うん?」
ハル「もう 紅ぐらい ささんかいな。」
糸子「ああ 見つかれへんかってん。」
ハル「『見つかれへんかったん』ちゃう。 あんたな 元が 元なんやさかい ちゃんと化粧しいや! 静子 あんた 持ってへんけ?」
静子「持ってる。 ちょっと待って。」
ハル「勝さん 堪忍なあ。 ちょっと待っちょって。」
糸子「ええがな。 別に 誰も うちの顔なんか 見れへんわ。」
ハル「旦那さんが 見る! あんたが化粧せん ちゅうたら『うさぎと亀』の亀が 昼寝したようなもんやで!」
(笑い声)
静子「はい。」
糸子「こんなん ちょっと 口に 赤いの 塗ったぐらいで 亀が うさぎになる訳やなし…。」
客「こんにちは。」
一同「いらっしゃい。」
客「珍しいな。 夫婦で どこぞへ お出かけ?」
勝「はあ ちょっと…。」
糸子「たまには よそさんの商売 勉強してきますわ。 フフフ。 ほな 行ってきます!」
勝「行ってきます。」
ハル「行っちょいで~!」
一同「行ってらしゃ~い。」
電車
車内アナウンス『難波~』。
勝「おい 着いたで。 起きや。」
車内アナウンス『ご乗車 ありがとうございました。 難波~ 難波です』。
<ああ… 歌舞伎なんか ええから このまんま 寝てたいわ>
道頓座
出入り口
糸子「はあ… はあ! こんな戦争中やのに いてるとこには いてんねんな。」
勝「うん?」
糸子「おしゃれしてる人や。」
勝「ああ。」
糸子「へえ ああ~ へえ~っ! うわ! あの人なんか グレタ・ガルボみたいやん。」
<うちが思てたより ずっと 街は まだまだ明るくて 華やかで 歩いてるだけで うれしなりした>
受付
♬~(お囃子)
<そのせいか 看板に 春太郎の名前があんのを見ても>
糸子「なあ… 大変なご時勢やけど お互い 頑張ろな!」
<『あのタラシも よう やってるなあ』ちゅう 大きい気持ちになれて…>
勝「何 見てんや?」
糸子「あ… いや『今日は 楽しませてもらうでえ』ちゅうて 言うちゃったんや。」
勝「ふ~ん。 ほれ 弁当 買うてきたで。」
糸子「いや~ おおきに! そうか 歌舞伎ちゅうたら 弁当やもんな!」
勝「そや。」
糸子「そや。 フフフフッ。」
菊乃「小原さん!」
勝「ああ…。」
菊乃「あっ ひょっとして 奥さん?」
勝「うん そうなんや。」
菊乃「ああ そうか。 まあ お初に お目にかかります。 わか竹ちゅう店の 菊乃と申します。」
糸子「ああ 小原の家内です。 ウフフッ。」
菊乃「旦那さんには 時々 店 寄ってもうてますさかい ちょっと ご挨拶だけ さしてもらいに来ました。」
糸子「そうですか。」
菊乃「ほな また。 たまには うちにも 顔 出して下さいな。 大将が さみしがりますよって。」
勝「ああ 分かった。」
菊乃「よろしゅうに。 ほな お邪魔しました。」
糸子「帰ってしもた。 歌舞伎 見に来たんと ちゃうんやろか?」
勝「まあ 挨拶だけ しに来たんやろ。」
糸子「えっ 挨拶しに わざわざ?!」
勝「うん?」
糸子「あんた そんな上客扱い されてたんけ?」
勝「うん まあ その… あれや オハラ洋装店が そんだけ有名なった ちゅうこっちゃな!」
糸子「へえ?」
勝「うん。」
糸子「ああ… そうなんか!」
舞台
春太郎『これ このとおり 首にして 持ってめえりましたと。 それを功に 連判の数に入って~』。
勝「天満屋!」
春太郎『お供に立ちてえ~』。
食堂
勝「やっぱし 春太郎は 役者としての 華ちゅうもんが あるな。」
糸子「なあ。 春太郎 ただのアホや 思てたけど あんなええ役者やってんなあ。」
勝「うん。」
糸子「フフフ。 なあ! あんな 心斎橋 行けへんか?」
勝「うん?」
糸子「ええもん 見せちゃるわ。」
心斎橋百貨店
エレベーターホール
糸子「あっ…。 こっちもや。」
「上へ参ります。」
勝「うん?」
糸子「ここなんや。 うちが 昔 制服デザインした百貨店。」
勝「ああ!」
糸子「そやけど 変わってしもてるわ。 あんたに見せちゃろうと 思てたのに…。 ええわ…。 しゃあない。 帰ろ! どっかで まんじゅうでも 土産に買うて。 な! どないしたん?」
勝「まあ… そない慌てて帰らんでも ええんちゃうか?」
糸子「え?」
勝「これなんか ええんちゃうか?」
糸子「いや ええわ。」
勝「何でやねん。 あてるだけ あててみいて。 ほら!」
糸子「いや ええて! ええて。 こんなん うち…。 え~?」
勝「うん。」
糸子「え… 変か?」
勝「変な事 ない! よう似合うてるわ。」
糸子「うん?」
勝「自分で 鏡 見てみ!」
糸子「ヘヘヘッ… 案外 悪ないな。」
勝「こっち どうや?」
糸子「うん? はあ こっちも ええな。 やあ~ かわいらし。 あ… 紅 取れてもうてる。 持ってきたら よかったな。 ヘヘヘ。」
勝「フッ フフ…。」
糸子「何?」
勝「何や こないしてみたら お前も 女やな。」
糸子「はあ? 何 言うてんよ。 女ちゃうかったら 何や?」
勝「フフフッ… すんません!」
店員「はい!」
勝「どっち する?」
糸子「えっ 買うてくれんけ?!」
勝「うん。」
糸子「ほんま?! えっ? や ほな ちょっと待ってよ。 エヘヘッ え~!」
小原家
玄関前
勝「遅なってもうたな。」
糸子「うん。 ヘヘッ。」
玄関
糸子「ただいま!」
勝「ただいま!」
優子 直子「お帰り~!」
千代「お帰り。」
糸子「堪忍なあ 遅なって。」
勝「ほら! これ お土産や。」
優子「わあ~! お土産や!」
千代「すんません!」
勝「いえいえ。 みんなで食べんやで。」
優子 直子「は~い!」
糸子「直子 ちゃんと 御飯食べた?」
千代「食べた 食べた!」
糸子「うん。」
千代「はれ~! ええ色やんか これ。」
糸子「エヘヘヘ! 勝さんがな 買うてくれてん。」
千代「はれ! ほんま?」
糸子「ウフフッ。」
千代「よかったなあ。 へえ~! あんたは ほんまに ええ婿さん もろたなあ。」
糸子「うん。」
千代「『うん』って! ハハハハハ ハハッ!」
2階 座敷
(虫の鳴き声)
<戦争中でも 月は出る。 虫かて 鳴く。 優子 直子… おなかの子。 それから… 勝さん うちは まだまだ こんなに 宝を持ってるんやな。 立ち止まって ふと気づいてしもたら その事が ありがたいやら 怖いやら。 無くしたない。 おらんように ならんといてほしい>
居間
糸子「静子! 紅 貸して。」
静子「えっ また?」
糸子「ええやんか ちょっとだけや。」
静子「もう~。 うちかて 大事に大事に 使てんやで。 もう 今頃 紅なんか もう 売ってへんやさかい。」
糸子「ケチ 言いな! 戦争さえ終わったらな 何ぼでも 姉ちゃん 買うちゃるよって。 な!」
静子「もう~。」
糸子「ウフフ おおきに。 よっこいしょ。」
<ほんのちょっとでも さすんと ささへんのとでは 大違いや>
糸子「あっ 昌ちゃん! あんたも さしちゃろ!」
昌子「はあ? ええですわ うちは。」
糸子「あかん! 化粧ちゅうもんはな 自分のため ちゃうんや。 自分の顔を 見てくれる相手のために せんならんもんなんや。 な!」
昌子「大日本婦人会に 怒られますよ!」
糸子「おばはんには 言わせといたら ええねん!」
勝「ほな 配給所 行ってくんで。」
糸子「は~い!」
玄関前
糸子「行っちょいで~! 気ぃ付けてなあ~!」
勝「おう!」
<大事なもんを ほんまに大事にしよう。 そんなふうに うちが ちょっと賢なって… おなかの子が 9か月になった頃>
玄関
「ごめんください。 こちらは 小原 勝さんのお宅ですか?」
勝「はい!」
「おめでとうございます。 召集令状を お持ちしました。」
<ああ… 来てしもた>