あらすじ
パーマ機を供出した安岡髪結い店は閉店し、八重子(田丸麻紀)がオハラ洋装店で働くようになった。ある日、糸子(尾野真千子)は突然、奈津(栗山千明)から呼び出され、吉田屋の購入を持ちかけられる。相変わらずの奈津は決して頭を下げようとはしないが、糸子はその借金の額に驚がくする。夫に逃げられ病身の母を抱えた奈津の苦境を八重子から聞き、糸子は助けようと奔走する。せめて奈津を雇おうとする糸子だが、既に遅かった。
71回ネタバレ
小原家
玄関前
(鈴の音)
僧侶「南無阿弥陀仏。」
<昭和19年4月 大日本婦人会の支部長さんが 次男さんの葬式行列を 出しました>
僧侶「南無阿弥陀仏。」
台所
千代「ほら~!」
居間
八重子「静ちゃん。」
静子「おおきに。」
<八重子さんが この春から うちで 働く事になりました 安岡髪結い店は 結局 パーマ機を供出させられて 店も閉めな あかんように なったそうです>
八重子「せやけど うちも困ってんやし。 太郎が 海軍に行きたいやら 言いだしてな。」
糸子「太郎が?」
八重子「このごろ 中学校が 陸士やら 海兵やら まあ そら熱心に 子供らに 勧めるよってなあ。」
千代「はあ~ かなんなあ。」
糸子「格好ええて 勇ましいて 兵隊さんちゅうたら そら 子供には だんじりの 大工方みたいに 見えたんやろな。」
昌子「そうやろなあ。」
糸子「あんた 知らんやろ。 ここの おとうちゃんな 昔 大工方で そらもう ものごっつい格好よかったんやで。」
昌子「へえ?!」
千代「はあ~ そらもうなあ!」
清子「覚えてるわ~!」
静子「泰蔵にいちゃん ほんま 格好よかったよな~!」
昌子「そら うちも見たかったなあ!」
八重子「聡ちゃん おしめ 見よう おしめ。 おいでおいで!」
糸子「せやけど ほんま うちも 泰蔵にいちゃん 見て どんだけ 大工方なりたい 思たか。」
昌子「大工方になりたいて 思たんですか?」
糸子「せや。」
昌子「大工方の奥さんやのうて?」
糸子「そんな うちが思うかいな。」
昌子「さすが 先生や。」
糸子「奥さんに なりたがっちゃった子も いてたけどなあ。 どないしてんやろ あいつ。」
<…て 思てたら 電話が かかってきました>
珈琲店・太鼓
糸子「閉まってもたんけ?」
奈津「せやから 言うたやろ。」
糸子「ああ あんた 何で分かったん?」
奈津「先月 東京で 料理屋から カフェーから 店っちゅう店が 全部 営業やめさせられたやろ。」
糸子「ああ 新聞 載っちゃあったな。」
奈津「大阪にも その流れが 来てしもたんや。」
糸子「ほな どこ行く?」
料亭・吉田屋
座敷
奈津「何や?」
糸子「いや 別に。 ここ うちが 祝言 挙げた部屋か。」
奈津「せや。」
糸子「営業でけへんように なったんけ?」
奈津「うん。」
糸子「ほうか。」
奈津「あんた。」
糸子「うん?」
奈津「うちの店 買えへんか?」
糸子「はあ?」
奈津「この建物と土地… 買えへんか?」
糸子「何ぼで?」
奈津「1万円。」
糸子「はあ? どこに そんな金があんねん!」
奈津「貧乏人。」
糸子「悪かったな。 あんた そんな話 うちやのうて もっと まともな相手に 持っていきよ。 なんぼでも 金持ちが いてるやろ。 神宮司さんとか。」
奈津「持ってったわ。 断られたんや。 知ってるかぎりの金持ちに 持ってって 全部 断られたんや。 どっこも 今 そんな余裕 ないちゅうてな。」
糸子「その1万円は まけられへんけ。」
奈津「店の借金が そんだけ あるさかい。」
糸子「え?! 1万円 借金が?」
奈津「せや。」
糸子「あんた 1万円も 借金 ためてもたんか?」
奈津「しゃあないやろ。 材料の値は どんどん上がんのに 客の払いは どんどん悪なっていって どないも なれへんかったんや。 うちのせい ちゃうわ。」
糸子「ア… アホか! そこを どないか 知恵 絞って やりくりすんのが 女将の仕事やろ! 何が うちのせい違うや? あんた… あんた 何 やってんねん? 何で こんななる前に 手ぇ 打たへんかってん? 1万円… 1万円て…。 もう…。 そんな 今更 言うたかて 遅いわ! 助けちゃりたいけど 助けちゃれるか ほんなもん!」
奈津「助けてくれなんか 言うてへんわ! うちが ひと事でも 言うたか? あんたに 助けてくれなんか。」
糸子「いや そもそも あんたが うちに 話あるって 電話かけてきたんや。」
奈津「うちは 商売の話してるだけや。 買われへんやったら お金ないから 買われへん ちゅうたら ええだけやんか! 何で うちが あんたに 説教されな あかんねん!」
糸子「うちは 金がないから この店 買われへん。」
奈津「ほうけ。 ほな 帰り。」
(ふすまの開く音)
小原家
庭
糸子「あっこまでアホや 思てなかった。 借金1万円て。」
八重子「せやけど アホやちゅうたら かわいそうや。 お父ちゃんも 早う亡くなって 旦那さんも 逃げてしもて ほんで お母ちゃんが また 体 弱いんやろ?」
糸子「知らんかった。」
八重子「奈っちゃん 誰にも 頼る事できんと たった一人で あの店 守ってきたんやし。」
糸子「せやけど…。 何で 頼れへんかってんて。」
八重子「うん。」
糸子「それが 悔しいて。」
八重子「そこが 奈っちゃんなんやなあ。」
オハラ洋装店
糸子「おばあちゃん? うん 元気やで。 あんな おばあちゃん 料理屋 いらん?」
<うちは 神戸のおばあちゃんに 持ちかけてみたもんの>
糸子「いや ごっつええ店なんや。 庭も広いし…。」
<今は 料理屋は いらんて 言われました>
居間
昌子「クロスズメバチの幼虫とサナギ しょうゆの付け焼きにする。」
(悲鳴)
昌子「ゲンゴロウ虫は 羽 足 頭をもいで 腹だけをしょうゆの 煎り煮にする。」
(悲鳴)
<…ちゅうぐらい どっこも ひもじい暮らししてんのに。 そら 料理屋なんか いらんわな>
オハラ洋装店
糸子「う~ん! う~ん! 何か 手ぇ ないかいな。」
(そろばんをはじく音)
糸子「昌ちゃん。」
昌子「はい。」
糸子「あんな モノは 相談やけどな。」
昌子「料理屋は 買えませんよ。」
糸子「何で 知ってん?」
昌子「八重子さんから聞きました。」
糸子「いや そらまあ なんぼ うちかて こんな時に 料理屋 買おとは 思わへんけどな。 それは 言わへんねんけど…。 1人 縫い子 雇おか。」
昌子「無理です。 無理です。 今 うちは もう 八重子さんまでで いっぱい いっぱい カッツカツです!」
糸子「堪忍な。」
昌子「先生 無理ですからね! 先生 ちょっと 先生 分かってます?」
<あのアホだけは 見捨てる訳にはいかんねん>
料亭・吉田屋
「お宅も いかれたんけ?」
糸子「え?」
「何ぼ 貸しちゃってん?」
糸子「え?」
「逃げてもうてら。」
糸子「逃げた?」
「何や。 知らんと来たんけ? 女将と ばあさん きれえに消えてしもてら。 家具やら着物やらは なんぼか 置いていっちゃるけど 店と土地は 軍需工場が 買うてしもたらしいで。 今から その工場の 寮にするんやと。」
糸子「何ぼて?」
「はあ?」
糸子「何ぼで売れた?」
「はあ そら 知らんけどな。 まあ そら えらい 買いたたかれたんちゃうか。 このご時勢や。 せやけど 痛いのう。 うっとこ 500円も 踏み倒されてもた。」
「逃げよったか?」
「ああ 中 空っぽや。」
「畜生。 まだ その辺 いてんのちゃうんけ? ヨレヨレのばあさん いちゃあったやろ? あれと一緒なんやさかい そない はよ逃げられへんはずやで!」
糸子「こん ボケが!」
「え?」
糸子「アホか! どアホが!」
「もう ここ軍のもんなんやで! 壊したら えらいこっちゃで!」
糸子「ボケ! 逃げて どないすんや! どないすんや!」
「気持ちは分かるけどや やめとけて!」
糸子「どないすんや!」