あらすじ
昭和19年9月。ひき手がおらず、だんじりは中止になってしまう。糸子(尾野真千子)の長女・優子は相変わらずの軍国少女ぶり。次女・直子は、来年は自分がだんじりをひくと幼いながらに強く決意している。糸子は、有事に備えて名札を縫いつけた服に抵抗を感じる。ある日、久しぶりに勘助(尾上寛之)が姿を現す。しかし、勘助は糸子に別れを告げないまま再び出征していく。間に合わないと知りつつ、勘助を追って糸子は走り出す。
72回ネタバレ
小原家
居間
木之元「善ちゃん 今年のだんじりは… 中止になってもうた…。 ほんま 堪忍や! いや わしのせい ちゃうで。」
糸子「別に おっちゃんのせいや 言うてへんやん。」
木之元「い~や。 ほんでも その目ぇは わしを責める目ぇや。」
糸子「責めてへん。 悔しいんや。 だんじりが のうなるやて…。」
<言うたら 燃料が切れてもたんです。 あの 大きいて 重い重い だんじりが走るには ようさんの男の手ぇと足 それも しっかり 御飯 食べて 骨と肉の みっちりしたんが そろてんと あかんのに…>
オハラ洋装店
糸子「それが みんな 戦地に 取っていかれて こんな貧相な ズボン下 はかされたあげくに サイパンで 吹き飛ばされたり グアムで 燃やされたり してんやもんな。」
(ため息)
糸子「はあ~ アホらし!」
井戸
優子「エイッ! エイッ! ヤアッ! ヤアッ! ヤアッ!『アメリカ兵を 刺すと思て 刺せ』って 兵隊さんが言うんや。 せやから『ヤアッ!』って 一生懸命 やるんや。」
太郎「偉いな。 もともと 大東亜戦争ちゅうんは アメリカとイギリスから アジアの圧迫民族を解放するために 始まった戦争なんやで。 僕のお父ちゃんも 自分らのお父ちゃんも よその国の人らを助けるために 戦うてるんや。」
優子「立派やなあ!」
「立派やなあ!」
太郎「僕も はよ 予科練に入りたい。 立派な飛行兵になって お国に 尽くしたい。」
八重子「待たしいたなあ。 さあ 帰ろか。 ほな 優ちゃん また明日なあ。」
優子「さいなら おばちゃん! さいなら 太郎にいちゃん!」
<子供らは 学校で 人の殺し方と 自分の死に方ばっかし 教えられてて 国民は いつ 死体になっても ええような 準備ばっかし させられて…>」
小原家
2階 寝室
糸子「うんざりや…。」
直子「お母ちゃん。」
糸子「うん?」
直子「何で だんじり 無くなったん?」
糸子「来てみ。 男の人らが 皆 戦地 行ってしもてるやろ。」
直子「うん。」
糸子「せやさかい 曳く者が いてへんねん。」
直子「ほんなら 女が曳いたら ええやんか。」
糸子「そら…。 だんじりちゅうんはな 女は 曳いたらあかんもんやさかい。」
直子「誰が あかんて言うの?」
糸子「さあ…。」
糸子「まあ… 神様?」
直子「直ちゃんが 神様やったら だ~れも だんじり 曳いてくれへん方が 嫌や。」
糸子「ふん。」
直子「来年は 直ちゃんが曳くで!」
糸子「はあ…。」
直子「男が いてへんでも 直ちゃんが 曳いちゃら。 絶対 絶対 曳いちゃる。」
糸子「ハハハハ… フフフフッ。」
オハラ洋装店
(ミシンの音)
八重子「あんた。 お母ちゃん 毎日 荷物ある訳ちゃうんやし 迎えになんか 来んでええよ。」
太郎「帰り道やさかい。」
<太郎は ええ子に育ってました。 多分 あれから 勘助も おばちゃんも そない ええ事には なってへんのやろと思います。 八重子さんは うちらに 見せへんだけで さぞかし しんどい思いを 抱えてるんやと思います>
玄関前
糸子「太郎 あんたも 来年は だんじり 曳いてや。」
太郎「はあ…。」
糸子「なあ! あんたみたいな子は 戦地やら行かんと 岸和田 残って だんじり 曳いてくれな おばちゃんら ほんま かなんねやで?」
八重子「よう言うちゃって 糸ちゃん ほんまに。 このごろ この子『予科練 行きたい』やら けったいな事ばっかり 言うんやさかい。 ま ほな 明日 糸ちゃん!」
糸子「ほなな!」
八重子「ほな ほな。」
糸子「ほなな!」
八重子「ええて もう ええて! お母ちゃん これ なかったら 歩きにくいよって。」
台所
千代「あっつい あっつい! ああ よいしょ あ~。 ああ 八重子さん! あ~。 八重子さん?」
八重子「あ… すんません。」
千代「ああ いや…。」
居間
糸子「あんたら『検品しました』て どこ見て 言うてんや?! 見てみ これ! あんたら 店の信用 何やと思てんや?! こんな不良品 平気で 納品なんかしてたら 工場に怒られるだけで 済まへんのやで! しまいに 仕事 もらえんように なんやで!」
清子「すいませんでした!」
3人「すいませんでした!」
オハラ洋装店
糸子「はあっ!」
千代「なあ 糸子。」
糸子「ああ?」
千代「八重子さん 朝から 様子が おかしいんや ぼお~っとして…。」
糸子「そら 何か あったんやろ。」
千代「ええっ! せやろか…。 何が あったんやろ…。」
糸子「そら このご時勢に 女が一人で 家 守ってんや。 何なと あるわな。」
千代「あんた ちょっと聞いたったら…。」
糸子「うちかて もう 手いっぱいや。」
千代「ふ~ん ふん…。」
糸子「あんな お母ちゃん。 もう 今はな うちかて 誰かて 相手の荷物 持つ余裕なんか どこにも残ってへんねん。 自分の荷物は 自分で どないか してもらうしか ないんや!」
千代「ふ~ん…。」
糸子「もう…。」
玄関前
光子♬『勤務 月月 火水木 金金』
(からすの鳴き声)
井戸
糸子『こんなん 渡されてみ? つけられへんで。 何を考えとんのや。 これや これや これ。 見てみ。 ボタン ついてない。』
勘助「光っちゃん 久しぶりやな。」
光子「勘助ちゃん。」
糸子『これ 外したらええねん。』
勘助「糸やんも 元気そうやな。」
糸子『ほれほれ 歩いてみ。 おっかしな これ。 えっ? こんなんで 歩かれてみ 兵隊さん どない思うの? これ。』
勘助「光っちゃん…。 糸やんを… よう助けちゃってな。」
光子「糸子姉ちゃんに…。」
勘助「うん?」
光子「会わんと 行くん?」
勘助「会いたいけどな。 俺にはな… 資格が無いんや もう。 せやけど それも… やっと しまいや。」
オハラ洋装店
昌子「お帰り。」
縫い子達「お帰り。」
糸子「何や? また 工場で 怒られたんか? ほな 何や?」
(泣き声)
糸子「うん? 何や? 泣いてたら 分からへんやろ。 言うてみ。」
光子「ううん。」
糸子「ええっ?」
(泣き声)
八重子「光っちゃん… 勘助ちゃんに 会うたんけ?」
糸子「えっ?」
光子「うん…。」
糸子「勘助と? 何で?」
八重子「今日… 出征やったんや 勘助ちゃん。」
糸子「出征…? 勘助 来たんか? あんた しゃべったんか?」
光子「うん… 勘助ちゃん 遺言みたいな事ばっかし 言うちゃった…。」
(光子の泣き声)
玄関前
糸子「勘助… 勘助!」
電車
岸和田商店街
糸子「勘助! 勘助! 勘助~!」
<結局 最後に会う事も しゃべる事も でけへんまんま…>
小原家
玄関前
(鈴の音)
僧侶「南無阿弥陀仏。」
<勘助の葬式行列が出たんは その僅か 1か月後の事でした>
僧侶「南無阿弥陀仏。」
<勘助… 勘助… 勘助…>