あらすじ
糸子(尾野真千子)を周防(綾野剛)が抱きしめたところを、北村(ほっしゃん。)が見ていた。動揺する糸子。家に戻った糸子は着物に着替えず、洋服のまま店に出る。その夜初めて自分のために女性らしいデザインの洋服を仕立て、次々に新しい服を縫って店に出すようになる。ある日、三浦(近藤正臣)から呼び出され、糸子と周防にだまされたと北村が言っており、北村も糸子にほれていたと知る。驚く糸子だが、そこに周防が現れる。
92回ネタバレ
北村の工場
糸子「好きでした。」
周防「おいも… 好いとった。 ずっと…。」
<『おいも 好いとった。』は『わしも 好きやった』で ええんやろか 周防さんの心臓の音が ミシンくらい はよ打ってました。 そんで合うてるんやと 思いました>
(ドアを蹴る音)
糸子「誰?」
周防「北村さんですたい。」
糸子「北村さん?!」
周防「今 そこから 目の合いました。」
糸子「顔… 怒ってましたか?」
周防「はあ… まあ。」
糸子「はあ… どないしよう…。 悪い事してしもた。 そら 怒るわな。 大事な開店の日やのに…。」
周防「どこ 行くとね?」
糸子「店です。 謝ってきます。」
周防「いや 小原さんは 行かん方が よかです。」
糸子「何で?」
周防「いや その…。 まあ とにかく おいが謝っておきますけん。」
小原家
台所
(鼻歌)
糸子「ただいま。」
千代「お帰り~。 あんた…。」
糸子「何?」
千代「何や きれなったなあ。 な… 何か あったんか?」
糸子「何もないわ。 今日は ちょっと化粧してるよって ましに見えるだけや。」
オハラ洋装店
昌子「はれ…? どないしたんですか?! 洋服なんか着て。」
糸子「そら 洋装店なんやさかい そろそろ うちかて 着な あかんやろ。」
昌子「へえ~。」
松田「けど よろしいわあ。 先生 似合いますよって。」
糸子「え?」
松田「うち 洋服 着た方が 先生も見せも 見栄えすんのにな思て ず~っと思てましたんや!」
糸子「ほうか?」
松田「よろしいわ これ。」
昌子「格好ええわ。」
糸子「ほうか?」
<子供の頃 見よう見まねで アッパッパを縫うた事があります 自分の服を縫いたいと思たんは それ以来かもしれません>
昌子「はあ~!」
千代「ほら 忘れもん ないか?」
昌子「ちょっと! 見て下さい おかあさん これ。」
千代「ひゃあ…! きれえなあ。 へえ~ お母ちゃん こさえたんやで。」
子供達「え~っ きれえなあ! きれえ~ すごい!」
昌子「ちょっと 先生 これ ごっつい ええですねえ!」
糸子「そやろ。 また 表のボディー 着せといて。」
昌子「へ? せやけど 先生 自分のために 縫うたんと ちゃうんですか?」
糸子「そのつもりやってんけどな 思たより ようでけたさかい。 うちのは また こさえたら ええんやし。」
昌子「へ~え…。」
千代「ほな あんたら 行っちょいで。」
子供達「行ってきます!」
千代「は~い 行っちょいで。」
優子「お母ちゃん ピアノ 買うてな。」
直子「買うてな。」
聡子「買うてな。」
「買うてな。」
糸子「はいはいはいはい…。 行っちょいで。 行っちょいで。」
千代「気ぃ付けてな。」
子供達「行ってきます!」
糸子「行っちょいで。」
千代「走りな!」
糸子「買えへんけどな~。」
<周防さんの気持ちを 聞いてしもて以来 心が ざわめいて ざわめいて…。 それが うちに どんどん 洋服を作らせました それから毎晩 次から次へと 新しい服を縫いました>
泉州繊維商業組合
三浦「おう… おお~! おお! おう おう。」
糸子「こんにちは。」
三浦「う~ん… 今日 呼び出したんはな。」
糸子「はい。」
三浦「まあ 一応 北村と周防から 話は 聞いたんやけれども あんたの話も聞いといた方が 公平やろう思て…。 うわさは 知ってるな?」
糸子「うわさ?」
三浦「知らんか? いや… あんたと周防が組んで 北村から 金 巻き上げたちゅう うわさや。 組合の方に もう 立ってしもうとんや。」
糸子「はあ?」
三浦「周防 北村のとこ クビになったやろ。」
糸子「クビ?! ほんまですか?」
三浦「うん。 しかも こんなうわさが 流れとるさかいに どっこも 周防を雇うたろうちゅう ような所が もう あらへんねん。 ほんでや わしが『わしの工場で 働かしちゃろ』ちゅうたんやけれども『迷惑かける』ちゅうて あいつ 今… 日雇いの仕事を してんや。」
糸子「はあ… 何で そんなうわさ…。 誰が…? 北村さんですか?」
三浦「北村は『それが 事実や』と…。」
糸子「はあ~ 何しようんや あの男…!」
三浦「いや 北村には悪いけど 俺は 周防の言うてる事の方が ほんまやと そう思てる。 ただ 北村は 北村で 何ちゅうか かわいそうな話や。」
糸子「申し訳ない事したと思てます。」
三浦「ん?」
糸子「大事な開店の日ぃに 仲間が 仕事 ほっぽって 勝手な事してるように 見えたと思います。 けど 悪いんは うちなんです。 うちが アホな事 言いだしてもうただけで…。」
三浦「あんな… 北村は まさに そこに こたえてんや。」
糸子「は?」
三浦「あいつは あんたに ほれとったんや。」
糸子「はあ?!」
三浦「はあ~ 哀れやのう。 周防からも 話は聞いた。」
糸子「はい。」
三浦「あんたも知ってのとおり あいつは 妻子持ちや。」
糸子「はい。」
三浦「まあ あんたとの事を ただの遊びやちゅうんやったら 何も わしが 口挟む事あらへん。 せやけど わしの見るところ あいつは そんな ええかげんな たちやない。」
三浦「そやから まあ やぼを承知で 聞いてみたんや。『お前 どないする気やな? 狭い世界や。 中途半端な気持ちで うかつな事をすな!』ちゅうて ちょっと 説教もしちゃあった。 ほしたら あいつ こない言いよったんや。」
糸子「何て言うたんですか?」
三浦「これ 言うて ええもんかどうか…。」
糸子「聞かん方が ええような事なんですか?」
三浦「ええかもしれんし 悪いかもしらん。 どないしような…。 どっちが ええ?」
糸子「いや… そんな事を聞かれても…。 いや… そやけど 言うて下さい。」
三浦「あいつな…。」
糸子「ああ~!」
三浦「うっ!」
糸子「ちょっと待って下さい。 はあ~…。 どうぞ。」
三浦「あいつな…。」
糸子「はい。」
三浦「あんたの事 本気で好きやて。 せやけどな 今の かみさんと別れる事は 絶対 でけへんて。 これ… あんた 知らん事かもしれんけれどもな あいつのかみさん あの 長崎のピカの後遺症があってな あいつが言うにはや。」
三浦「『それは 自分が 一生 背負うていかんならん事で それを 今 どうにかできるとは さらさら思うてない』。そやけど 何ちゅうのかなあ… 自分が背負うてる重荷に 耐えられんようなった時には いつも あんたの事を思い出すんやて。」
糸子「何や… 聞かん方が よかった…。」
三浦「ほうか? 悪いけど わし 言うて すっきりした。 ハハハハ!」
糸子「アハッ!」
三浦「ハハハハハハハ! いや あ~!」
糸子「殺生な…。」
三浦「ハハハハハハハ!」
三浦「余計な事 言うてしもうたな。」
糸子「いいえ。」
三浦「うん けど 周防の事は 心配すな。 飢え死にさせるような事は 絶対 させへんさかい。」
糸子「はい。 よろしゅうお願いします。」
三浦「…とは言うてもやな わし 今年 60や。」
糸子「はあ。」
三浦「人の道だけは 絶対に外れたら あかん。 そう思うて 生きてきた。 いっぺんも 外れた事ないか? ちゅうたら そうとも言い切れん事もない …事は ない。」
糸子「ある ちゅう事ですか?」
三浦「う~ん…。 どうにか 踏みとどまってもやな ああ どうにもならんと思うて 外しても 結局は…。」
(ドアの開く音)
三浦「あ…。」