あらすじ
英語講座を放送しなくなったラジオからは勇ましい日本軍の戦果が流れる日々。衣料品の購入や製造にも制限がかかる中、雉真繊維は軍服や国民服の需要拡大に伴い、工場の拡大を検討していました。そんな中、春休みに帰省することになった稔(松村北斗)。安子(上白石萌音)も稔も2人で出かけるのを心待ちにしていました。しかし、帰ってきた稔には千吉(段田安則)から事業拡大に先立って銀行の頭取の娘との縁談が持ちあがり…。
11話ネタバレ
橘家
居間
ラジオ『帝国陸軍 比島攻略部隊は 2日午後 首都 マニラに侵入 これを完全に占領せり。 また コレヒドール要塞および バターン半島の要害に拠る敵に対し 更なる攻撃を続行中なり』。
<英語講座を放送しなくなったラジオは 勇ましい日本軍の戦果を 連日 伝えました>
ラジオ『大東亜戦争における 新記録を樹立』。
商店街
「安せられえ! そうじゃ そうじゃ! 何や この値段!」
卯平「こりゃあ なんぼ何でも あこぎじゃろう!」
花子「ケチ兵衛の面目躍如じゃな!」
吉兵衛「誰がケチ兵衛じゃ!」
小しず「どねんしたんです?」
卯平「たっけえの これ。」
花子「あっ 小しずさん! こりょう 見てみられえ!」
卯平「もうじき衣料品が切符制になると聞いて 買い占めやがったんじゃ。」
小しず「はあ?」
花子「こげんして 高う売るためじゃが。」
「助け合いの精神は どけえ行ったなら。」
「そうじゃ そうじゃ!」
吉兵衛「わしゃあ。 吉右衛門に みもじい思いさせとうねんじゃ!」
「恥ずかしくねえんか おめえは。」
「そうじゃ そうじゃ。」
<衣料品が 自由に買えなくなりました。 それは また 衣料品の会社にとっても 自由に製造ができないことを 意味していました>
雉真家
ダイニング
千吉「地方工場の足袋は ともかくとして 学生服の布地の支給は 当局から承認してもらえんらしんじゃ。 当分は 工場の大部分を 軍服の製造にあてることになるじゃろう。 そっちの需要は 高まる一方じゃからな。」
勇「母さん。」
美都里「ああ 勇。 あと お弁当入れたら終わりじゃからね。」
勇「おう。 受験票… そっちに入れんといて。 ポケットに入れとくから。」
美都里「落とさんようにせられえよ。」
勇「おう。」
千吉「これから東京か。」
勇「うん。」
美都里「遠いわねえ。 野球がしてえだけじゃったら 岡山でもできるじゃろうに。」
勇「向こうの大学が わしの野球の成績見て 誘うてくれたんじゃ。 断るあほうはおらん。」
千吉「おめえなら 東京でも活躍できらあ。」
勇「うん。 何より今は 岡山を離れてえしな。」
千吉「えっ?」
勇「あ~ いや。」
美都里「まあ 遠ゆうても 学生なら 軍服を着せられんでも 済むもんね。」
勇「ああ そうじゃな。」
美都里「うん。」
橘家
小しず「お義父さんのご愛用の足袋 これしか買えませんでした。」
杵太郎「そうか… まっ しかたがねえのう。 よっしゃ。 安子。」
安子「うん?」
杵太郎「お母さんがな 頑張ってくれたぞ。」
安子「うん? ハハハッ そうなん? よかったなあ。 ハハハハッ。」
小しず「安子。 ちょっと。」
安子「ああ セーター?」
小しず「チョッキ。 毛糸も そねん手に入らんからなあ。 みんなの分 作ろう思うたら チョッキぐれえしか。」
安子「ぬくそうじゃなあ。 ありがとう お母さん。」
安子の部屋
稔『安子ちゃん。 春休み帰省することになりました。 安子ちゃんのご両親に お許しをもらって 一日だけでも 2人で出かけられたらと思っています。 久しぶりにディッパーハウスに行きたいな』。
安子「はい。」
ひさ「安子~ 配達じゃ!」
安子「はい!」
喫茶店・ディッパーマウス・ブルース
定一「よっ 頂き。」
安子「どうぞ。 フフッ。」
定一「う~ん やっぱり うめえ。 しゃあけど コネんうめえおはぎも まともなコーヒーがいれられなんだら 台なしじゃ。」
健一「コーヒー豆の輸入は 前々から 厳しゅうなっとったんじゃけどな。 いよいよ完全に途絶えるらしいんじゃ。」
安子「コーヒーもですか…。」
健一「まあ 戦争が終わるまでは 代用コーヒーでしのごうよ。」
定一「あねん まじいもんが飲めるか。」
♬~(レコード)
安子「あっ これ…。」
定一「うん?」
安子「あ… 『On the Sunny Side of the street』。」
定一「イエス。」
安子「あっ 稔さんと ここ来た時に かけてくださった曲です。」
定一「あら そうじゃった?」
健一「うん。」
定一「ハッハッハッ。」
安子「ウフフッ。」
回想
稔「『On the Sunny Side of the street』. 『ひなたの道を』ってことかな。」
回想終了
(ガラスが割れる音)
定一「こりょお貼った連中じゃろ。」
健一「ええ お父さん。 わしがやらあ。」
雉真家
ダイニング
稔「そんなら 勇は もう東京で 生活 始めとるんですか?」
千吉「ああ。 学生寮に入ったよ。」
稔「残念じゃな。 直接 合格祝い言いたかったのに。」
千吉「いずれ 早慶戦を 見に行きゃあよかろうが。」
稔「はい。」
美都里「さあさあ 稔。 たいのお刺身じゃあ。 上がりなさい。」
稔「こねえな よう手に入りましたね。」
美都里「うん。」
千吉「朝から大騒ぎゅうしょったわ。」
稔「ありがとうございます。 頂きます。 会社は 順調ですか?」
千吉「うん。 マニラ シンガポール ラングーン オランダ領東インド。 次々と軍隊が送られて 占領地が広がりょおる。 おかげで 軍服の生産が追いつかんほどじゃ。」
稔「そうですか。 自分と おんなじ年頃の若者が 外地で命ゅう懸けて働きょおる思うたら 申し訳ない気持ちになります。」
美都里「何を言よんでえ。 あんたのような優秀な子は そねん危ねえとけえ 行かんでも ええんじゃ。」
稔「母さん。」
美都里「タミさん。 牛肉は どねんしたん? まだ焼けとらんの?」
千吉「稔。 父さんはな 思い切って 工場を拡張しようと思よんじゃ。」
稔「はあ…。」
千吉「戦争が いつまで続くかは分からん。 しかし この波に乗るなら 今 決断せにゃあいけん。 軍服 国民服に加えて 防寒服 防暑服も必要になるはずじゃ。 そねえなもんを一手に引き受けられる そういう規模の工場を作りてんじゃ。」
稔「あ… 時機を逃さない行動力は 父さんのすばらしいところです。 しかし それには 大変な資金が必要です。 大勢の従業員を抱えて そねえな 危険な賭けに出るなんて… 僕には賛同できません。」
千吉「資金の心配がなかったとしたら どねえなら。 大東亜銀行さんが 無利子 無担保で 用立ててもええ言うてくれとる。 ただし 雉真と大東亜銀行が 末永う 共に繁栄することを 約束できるんじゃったらの話じゃ。 頭取のお嬢さんが せんだって 女学校を卒業した。」
美都里「あなた。 稔は まだ学生の身ですよ。」
千吉「この春休みの間に いっぺん会うてみんか?」
美都里「学業に専念させたれえって あなた いつも 言ようられるじゃありませんか。」
千吉「父さんも いっぺん会うたけど とても ええお嬢さん…。」
稔「お断りします。 申し訳ありませんが 父さん そのお話は… なかったことにしてください。」
千吉「何でなら。」
美都里「ですから 稔は まだ学生…。」
千吉「今すぐ結婚しろと言ようるんじゃねえ。 話さえ まとめときゃあ 先方は おめえが卒業するまで 待ちよってくださる。 何が問題なら。 稔。 ちゃんと話しなさい。」
稔「僕には… 心に決めた人がいます。 じゃから… 父さんの決めた相手と 結婚することはできません。」
美都里「あ… 誰…? あっ 大阪で出会うたん? カフェーの女給に そそのかされたんじゃないじゃろうね?」
稔「たちばなのお嬢さんです。」
千吉「たちばな?」
稔「いつも… 父さんが おはぎゅう注文する… 菓子屋です。」
美都里「はあ… 商店街の小せえ菓子屋じゃが。」
稔「反対されることは分かってました。 じぇけど… 僕には 僕の人生には 必要な人なんです。」
美都里「あんたは だまされとるんよ 稔。」
稔「母さんは… 黙っていてください。」
千吉「その菓子屋の娘ょお 雉真の嫁にしてえということか。」
稔「はい。」
千吉「おめえらしゅうもねえ。 そねん うちにとって 何の得にもならんこと。」
稔「父さん!」
千吉「1人暮らしが続いて 人恋しゅうなったんじゃろう。」
稔「そねんことじゃありません。」
千吉「頭を冷やして よう考ええ。」
橘家
お菓子司・たちばな
安子「稔さん 何で連絡くれんのんじゃろ…。 もう とっくに帰っとるはずじゃのに。」
きぬ「安子ちゃんのおっちゃんは 認めとらんからなあ。 どねんして呼び出すか 考えよんじゃねえ?」
安子「う~ん…。」
(電話の呼び鈴)
安子「はい 橘でございます。」
交換手『弓丘町の雉真様より お電話です。 おつなぎしても よろしいでsっようか?』
安子「はい! お願いします! (小声で)きぬちゃん!」
きぬ「(小声で)稔さん!?」
安子「はい!」
きぬ「(小声で)み の る! 違う 違う 違う!」
安子「はい はい。 え~ おはぎゅう 10ですね。 はい。」
きぬ「(小声で)こ う じ つ!」
安子「はい それから 安倍川餅と…。」
きぬ「(小声で)こ う じ つ!」
安子「口実?」
きぬ「(小声で)そうそう そうそう。」
安子「ああ! あっ いえいえ あっ…。」
雉真家
安子「ごめんくださ~い。 たちばなでございます。」
(扉の開く音)