あらすじ
条映太秦映画村でアルバイトとして働くことになったひなた(川栄李奈)は、幼いころから見ていた「棗黍之丞シリーズ」にレギュラー出演していた美咲すみれ(安達祐実)と出会います。憧れの女優に出会って舞い上がっていたひなたでしたが、出演をオファーした映画村職員の榊原(平埜生成)に不機嫌そうに接するすみれを見てちょっとがっかり。しかし、すみれがお芝居に真剣に取り組む様子を観たひなたには感じるものがあって…。
77話ネタバレ
俳優会館
第1スタジオ
ひなた「(心の声)『あいつ 出番あんの? それも あんな立派な侍の扮装で。 大部屋の下っ端の下っ端に 出番なんかあるわけあらへんの。』」
轟「珠姫がお花を生けてるところへ 悪党たち 上がり込んでくる。 …で 刀 突きつける。 珠姫は 助けを呼ぶ。」
すみれ「はい。 はい それを聞いた従者。」
「はい。」
轟「はい 急ぎ駆けつけるけれども 悪党に ばっさり斬られて絶命すると。 ええな?」
「はい。」
轟「いこう。」
「お願いしま~す。」
「お願いします!」
轟「よ~い スタート。」
すみれ「(棒読みで)キヤ~。 何者じゃ そなたらは。 キヤ~。 そなたたちは 何者じゃ~。」
「くせ者! う~っ! ぐあっ。」
「ううっ! うわ…。」
「おりゃ~!」
すみれ「(棒読みで)キヤ~!」
轟「カット! カット カット!」
畑野「一回止めます!」
轟「相変わらずやな~ 美咲すみれ。」
すみれ「ねえねえ 轟さん。」
轟「あっ 何です?」
すみれ「私 思うんだけど… お武家のお姫様がお花を生けるのって おかしくない?」
轟「何で?」
すみれ「だって ほら お花って ボロッと首が落ちたりするじゃない。 お武家じゃあ 不吉なんじゃないかしら。 ウフッ それが気になっちゃって せりふに集中できないのよ。」
轟「う~ん どうしろと。」
すみれ「お茶をたてる場面にしたら どうかしら。」
轟「お茶?」
すみれ「そう。」
轟「今から?」
すみれ「うん。」
轟「いや~ それは…。」
すみれ「お茶の道具くらいあるでしょ? 撮影所なんだから。」
轟「う~ん…。」
畑野「指導の先生は? そんなすぐ つかまりませんよ。」
すみれ「フフ… やあね お抹茶ぐらい たてられるわよ。 何年 『黍之丞』シリーズに出てたと 思ってるの。」
轟「あ… ハハッ そうでしたな。 ハッハッハッ。」
ひなた「(心の声)『こういうもんなんやろか… 撮影って…。』
畑野「改めて テスト!」
一同「はい。」
轟「よ~い スタート。」
(茶しゃくを縁に打つ音)
すみれ「(棒読みで)キヤ~! 何者じゃ そなたらは。」
「うん。」
「うん。」
すみれ「(棒読みで)何者じゃ。 何者じゃ 何者じゃ。 そなたらは何者じゃ。」
「くせ者!」
「ぐっ!」
「おりゃ。」
「うわっ! ぐっ…。」
「やあ!」
「があ…!」
「おりゃ~!」
「うわ…。」
すみれ「(棒読みで)キヤ~!」
轟「カ~ット。 次 本番。」
一同「はい。」
畑野「本番 準備!」
一同「はい。」
すみれ「ねえねえ 轟さん。」
轟「はっ?」
すみれ「私 思うんだけど。」
轟「(小声で)『思わんでええ。』」
すみれ「えっ?」
轟「あっ いや…。 何です?」
すみれ「この斬られた従者と珠姫は 恋仲だったんじゃないかしら?」
轟「はっ? いやいや いやいや そんな設定はありませんわ。」
すみれ「でも その方が このシーンの深みが増すと思うのよ。」
畑野「いや ここ そんな深いシーンと ちゃいますけど… すんません。」
すみれ「ねえ 轟さん。 そう思わない?」
(小声で)『何で 監督は どなりつけへんねん。』
(小声で)『すみれちゃんが『黍之丞』に出とった頃 まだ助監督やったんや。』
「ああ…。」
轟「どうしろと?」
すみれ「(棒読みで)キヤ~! 何者じゃ そなたらは。」
「うん。」
「はっ。」
すみれ「(棒読みで)何者じゃ。 何者じゃ 何者じゃ。 そなたらは何者じゃ。」
「あっ! くせ者~!」
「おりゃ~!
すみれ「(棒読みで)千代之介!」
「あ…。」
「やあ~!」
「うわ…!」
すみれ「(棒読みで)キヤ~! 嫌~! 千代之介! 嫌~! 千代之介! 千代之介~! 千代之介 千代之介 千代之介~。 千代之介! そなたの愛 しかと受け止めた! 球は生涯 そなた一人のものじゃ~!」
轟「カ~ット。」
(カチンコの音)
ひなた「(心の声)『何か よう分からんけど すみれさん ええ作品にしようと思て 一生懸命なんやな。』」
轟「(小声で)『はあ~ 編集で 皆 切ってまえ。』」
畑野「(小声で)『はい。』 ほな 一旦 現場 整えま~す!」
一同「はい。」
すみれ「あら。 榊原さん いらしてたの?」
榊原「はい。 すみれさんのお芝居 拝見しよ思て。」
すみれ「まあ うれしい。 ウフフッ。」
ひなた「(心の声)『そやった。 榊原さんにとっても この撮影は大事なんや。 よ~し。』 あの…。」
榊原「ああ 大月さんもいてたん。」
ひなた「あの すみれさん。」
榊原「あっ 大月さん。 じき本番やから。」
ひなた「本番終わってからやったら遅いんです。」
榊原「えっ?」
ひなた「すみれさん。」
すみれ「なあに?」
ひなた「あの… 茶しゃくの抹茶を払う時 コツンて音 立てはらへん方がいいですよ。 あっ 私 友達のお母さんが お茶の先生で それ すごく注意されたんです。 そやから…。」
ひなた「(心の声)『よかった。 すみれさん 喜んでくれはった。』」
すみれ「轟さん。」
轟「はい。」
すみれ「休憩にして。」
轟「えっ?」
すみれ「気分悪い。」
轟「あ~ すみれさん 今 押してるんやわ…。」
すみれ「こんな気分で お芝居なんかできるわけないでしょ!」
榊原「謝り! 大月さん!」
ひなた「謝る?」
榊原「素人に所作の指導されたら 気分悪いに決まってるやろ!」
ひなた「あの! ごめんなさい。 いらんこと言いました。 ホンマにすいません。 見てて 気付いたもんですから…。 すみれさんは ええ作品つくろうと 一所懸命やってはんのやなあって。」
轟「おいおいおい! 誰や このあほ入れたん。」
ひなた「私は ただ その気持ちを応援したい思て…。」
五十嵐「出ていけ! お前のような ばかが いていい場所じゃない。」
ひなた「あんたが来いって言うたんでしょ!」
轟「何!?」
五十嵐「撮影の邪魔なんだよ。」
ひなた「何で?」
五十嵐「速く撮らなくちゃならないんだよ。」
ひなた「何で!?」
五十嵐「それがテレビ時代劇だからだよ。 いい作品つくるとか 一生懸命とか そんなこと誰も考えてない。 お前みたいな ばかを喜ばせることしか 考えてないんだよ。」
ひなた「はっ 何? 私みたいな ばかって。」
五十嵐「毎回毎回 同じような展開を 飽きもせず見てるやつのことだ。 同じセットで 同じ場所で 同じことが起きて 同じクライマックス迎えて。 大立ち回りで拍手喝采。 それを 速く 安く撮るから 会社は もうかる。 そういう からくりなんだよ。」
畑野「おい おい おい!」
ひなた「そうかもしれへん。 おんなじセットで おんなじ場所で おんなじことが起きて おんなじクライマックス。 おんなじ大立ち回り。 あんたの言うとおりかもしれへん。 それでも…。」
回想
すみれ『キヤ~! 誰か! 誰か!』。
『静かにしろ!』。
すみれ誰か…!』。
剣之介『暗闇でしか 見えぬものがある』。
ひなた「あっ 来た!」
剣之介『暗闇でしか 聴こえぬ歌がある』。
剣之介『黍之丞 見参』。
ひなた「黍之丞!」
すみれ『黍様!』。
回想終了
ひなた「それでも私は夢中やった。 黍之丞や おゆみちゃんの運命にハラハラしてた。 それが ばかって言うんやったら… 私は… ばかでよかった!」
五十嵐「お前…。 はあ…。 はあ ひきょうだぞ。」
ひなた「ひきょう?」
五十嵐「そんな特殊な回のことを 持ち出してくるなんて。 『黍之丞危機一髪 おゆみ命がけ』。」
回想
『放してほしけりゃ 刀を捨てろ!』。
すみれ『いけません 黍様! お逃げください 黍様。 これは わなでございます』。
剣之介『おゆみ!』。
回想終了
五十嵐「おゆみが止めるのも聞かず 黍之丞は刀を捨てる。」
回想
すみれ『私のことはいいから。 ご自分のお命 大切になさってください!』。
回想終了
五十嵐「極悪非道の悪党は おゆみを突き飛ばし その背中を袈裟斬りにする。 『おのれ ひきょうなり!』 怒りに燃えた黍之丞は 次々と 素手で悪党たちを倒す。」
畑野「素手。」
五十嵐「まるでカンフーのように…。」
畑野「カンフー!?」
五十嵐「そして おゆみに駆け寄る。 すると おゆみは…。」
ひなた「目を開ける! 『黍様。 ご無事でよかった』。」
五十嵐「『おゆみ!』と 背中の傷を 確かめようとする黍之丞。 はっと驚く。」
ひなた「おゆみの羽織っていた綿入れの中には 座布団が…。」
五十嵐「『これは?』。」
ひなた「『黍様のために作った座布団です』。」
五十嵐「『それがしのために…』。」
ひなた「『おだんごを食べてる時 いつも お尻が冷たそうだから…』。」
畑野「それ どういう設定?」
ひなた「『黍様。 ゆみのために 刀を捨ててくださったのですね』。」
五十嵐「『おゆみ』。」
ひなた「『ゆみは 三国一の幸せ者でございます』。」
五十嵐「『おゆみ』。」
轟「おい! そこの2人 つまみ出し。」
畑野「はい。 (せきばらい)」
畑野「再開しますか?」
轟「ああ。 すみれさん 入れますか?」
すみれ「『おゆみ命がけ』。 轟さんが 初めて演出してくださった回ね。」
轟「ああ… 覚えてはるんですか。」
すみれ「もちろん。 フフッ 何やらせるんだって笑ってたわね モモケンさんも。」
轟「ハハッ…。 当時 ブルース・リ―が はやっててなあ。 ハハッ いらん演出すなって 先輩に怒られたわ。」
「何で おゆみが座布団 背負て歩いてたんか いまだに よう分からんしなあ。」
(笑い声)
休憩所
五十嵐「はあ…。 お前のせいだからな。 今日の仕事が パーだ。」
ひなた「はあ? 仕事て。 斬られる役者さんのお芝居見て 勉強してるだけでしょ。」
ひなた「衣装までつけて その気になって。 あほみた~い。 けど…。 あんたも見てたんやな 『黍之丞』。 子供の頃から。 えっ。 あ…! ちょっと! 何で そうやって すぐ寝んの あんたは! ホンマ どこまで ふざけたら気ぃ済むん? ちょっと! 五十嵐。 何 寝てんの! ちょっと。」