あらすじ
稔(松村北斗)を訪ねて1人大阪へ向かった安子(上白石萌音)は、夜遅くに帰宅しました。隣には稔の姿が。橘家の状況や縁談の話、そして安子の本当の気持ちを知った稔は、橘家の人々に安子との交際の許しをもらいに強い決意を固めてやってきたのでした。しかし、簡単に話は進むわけもなく…。一方、事情を知らない雉真家の人々は、稔の突然の帰省に喜びます。そんな中、勇(村上虹郎)は心に秘めた思いを稔に打ち明け…。
9話ネタバレ
橘家
台所
(足音)
金太「おい。」
小しず「うん?」
金太「安子は まだ帰らんのか。」
小しず「あ… はい。」
金太「えろう遅うねえか?」
玄関
小しず「きっと すぐ帰ってきます。」
金太「何なら? おめえは心配じゃねえんか?」
(戸が開く音)
金太「安子! 遅えじゃねえか。 心配したぞ おい。」
居間
稔「雉真 稔と申します。 大阪商科大学予科に通うとります。」
ひさ「雉真いうんは あの雉真繊維さんですか?」
杵太郎「あの 足袋と学生服の。」
金太「何なら。 寝とったんじゃねえんか。」
杵太郎「騒がしゅうて寝とれるか。 ハッハッハッ。」
稔「おっしゃるとおり 雉真繊維の経営者 雉真千吉は 僕の父です。」
ひさ「やっぱり! お見かけしたことがありますけど ありゃあ 立派な ええ男です。」
小しず「お義母さん。」
稔「恐れ入ります。」
杵太郎「よう うちの菓子ゅう 注文してくださっとるようで。」
稔「はい。 父は 特に大事なお客様には たちばなさんのお菓子と 決めとるようです。」
杵太郎「いや~ それはそれは。 お父上は 何ゅう そねえに 気に入ってくださりょんですかの。」
稔「やはり あんこが決め手かと。」
杵太郎「いや~! さすが よう分かっとります。 で 特に どの菓子が?」
稔「おはぎが。」
杵太郎「いや~ ハハッ! 2番目は?」
金太「何の話ゅうしょんなら。」
杵太郎「えっ。」
金太「それで 安子たあ どねえな つきあいですか?」
稔「はい。 去年の夏に こちらのお店で知り合うてから 手紙のやり取りをしょおりました。」
金太「それで?」
稔「僕は… 正式に 安子さんとの おつきあいを 認めていただきたいと思ようります。 今日 突然 安子さんが 大阪に僕を訪ねてきました。 映画を見たり 食堂を行ったり 川を眺めたり。 安子さんは ずっと笑ようったけど どこか様子がおかしかった。」
稔「急行で 岡山まで追いかけて 事情を聞きました。 砂糖の生産会社の息子さんとの 縁談が進みょうること。 そりょう受け入れると決めて 最後に僕に会いに来たこと。 無礼を承知で言います。 砂糖の会社と手を組んだところで 店の経営は ようはなりません。」
金太「何でじゃ。」
稔「大阪に暮らしょうると 岡山にいるよりも ずっと 戦況を肌で感じます。 今後 菓子そのものが ぜいたく品とされて 製造の規制が かかるかもしれません。」
金太「そねんなこと… にわかに信じれるか。」
稔「すみません。 差し出がましいことを言いました。」
小しず「あの… 安子と おつきあいしてえいうんは 本当なんでしょうか?」
稔「はい。」
小しず「そねんことができるんですか? 雉真繊維のご長男じゃったら それに ふさわしい縁談が きっとあるはずじゃのに。 あなたの一存で 決めれることなんですか?」
稔「僕は 子供の頃からずっと 雉真繊維の跡継ぎとして 生きてきました。 常に父の教えに従い 学問に打ち込み 跡継ぎにふさわしい教養と品格を 身につけようと努めてきました。 いずれ 親の決めた相手と 結婚するじゃろうということにも 何の疑問も持っとりませんでした。 ですが… 安子さんに出会てから 僕の目に映る景色が一変しました。」
稔「安子さんが言ようられました。 甘うて おいしいお菓子を 怖え顔して食べる人はおらん。 怒りょうっても 自然と明るい顔になると。 親の決めた相手じゃのうて…。 安子さんと共におりたい。 安子さんと共に生きたい。 安子さんに そばにおってほしい。 それが うそ偽りのない 僕の気持ちです。」
金太「あんたの気持ちゃあ分かった。 あんたが ええかげんな人間じゃねえのも よう分かった。 じゃけど 安子を たちばなから出すわけにゃあいかん。 もう… うちにゃあ 安子しかおらんのんじゃ。 今日は 安子が面倒をかけました。」
稔「夜分に お邪魔しました。 失礼します。」
道中
安子「稔さん!」
稔「勝手なことをして ごめん。」
安子「稔さん 私…。 私も 稔さんと生きていきたい。 あなたと ひなたの道を歩いていきたい。」
雉真家
庭
稔「ナイスバッティング!」
勇「兄さん。」
稔「いい打撃って言わにゃあ いけんのんかな。」
勇「お帰り! どねんしたんで 急に。」
稔「あ~ ちょっと急用でな。 汽車が のうなったから寄ったんじゃ。」
勇「そうか。 ハハッ。 母さん!」
ダイニング
美都里「まあ まあ まあ。 帰ってくるなら前もって言われえ。」
稔「すんません。」
美都里「何にもねえんよ。 タミさん ひとっ走り行って かしわを分けてもろうてきてちょうだい。」
タミ「はい。」
稔「食事は 大阪で済ませてきました。」
美都里「あっ そう? それじゃあ 明日りゃあ ごちそうにするわね。」
勇「兄さんがおったら これじゃあ。」
稔「明日は すぐ また大阪に戻ります。」
美都里「ええ? そんな…。」
千吉「稔。」
稔「ああ 父さん。 ただいま帰りました。」
千吉「お帰り。」
美都里「あなたも止めてちょうだい。 明日戻るって言うんですよ。」
千吉「学校があるんじゃ しかたがねえじゃろ。」
美都里「ご自分は ええでしょうよ。 商用にかこつけて 大阪で会うんじゃから。」
千吉「ええから お茶でもいれてやれ。」
美都里「タミさん。」
タミ「はい。」
美都里「お茶…。 あ… いや 私が いれらあ。 タミさんは お風呂をくべてちょうだい。」
タミ「はい。」
千吉「神田さんが 褒めよったぞ。 おめえのような ええ跡継ぎがおると分かって ますます雉真繊維への信頼が 増したっちゅうて。」
稔「いや… 恐縮です。」
千吉「うちで 国民服を 製造しよう思ようるいう話ゅうしたら それはええと喜んでくださった。」
稔「ああ 国民服ですか。」
美都里「こねえな時に お仕事のお話しなんて。」
勇「学校の先生が着とったで。 軍服に似とるやつじゃろ。」
千吉「ああ。 ふだん着にもなる 礼服にもなる。 安うて丈夫な服じゃ。 いずれ 皆が これを求める時が来るじゃろう。」
美都里「みんなが同じものを着るなんて つまらないわ。」
千吉「ぜいたく言うんじゃねえ。 着るもんも食べるもんも これから もっと 簡素化が求められるんじゃ。」
美都里「まあ 嫌じゃ。 食べるもんも?」
千吉「遠からず 食用の砂糖は ほとんど手に入らんようになるじゃろう。」
稔「じゃあ 菓子屋などは どうなるんです?」
千吉「う~ん… 小せえ菓子屋は いずれ立ちゆかんようになるじゃろう。」
美都里「お菓子も食べれん言うん? 嫌じゃわあ せちがれえ世の中になって…。」
橘家
お菓子司・たちばな
きぬ「ほんなら お見合いの話は のうなったんじゃね?」
安子「うん。 わがままじゃて分かっとるけど…。」
きぬ「好きになってしもうたんじゃもん。 わがままになるなあ 当たりめえじゃが。 よかったがん。 稔さんも おんなじ気持ちで。」
安子「うん。」
きぬ「稔さんに婿に入ってもらうわけにゃあ いかんじゃろうか。」
安子「あ… 当たりめえじゃろお。」
きぬ「勇ちゃんじゃったら 丸う収まったのにな。」
安子「何ゅう おかしなこと言よん?」
きぬ「分からなんだら ええ。」
安子「えっ?」
旭川
勇「本当に 昼前の汽車で帰るんかな?」
稔「夕方から 商工経営研究会の集まりがあるんじゃ。 明日は朝一番の授業じゃしな。」
勇「遊びぃ行ったりせんのかな?」
稔「あ~… たまに映画に行くくれえかな。」
勇「ふ~ん。 長男いうなあ大変じゃのう。」
稔「えっ?」
勇「わしゃあこ気楽なもんじゃ。 な~んも期待されてねえから。 父さんも母さんも 兄さんのことばあじゃ。 わしには 野球させときゃあええ思ようる。」
稔「それは 勇が… 勇が 野球がうめえから。」
勇「兄さん。」
稔「うん?」
勇「兄さんは気付いてねえ思うけど…。」
稔「何じゃあ。」
勇「わし… あんこのことが好きなんじゃ。」