あらすじ
信哉(工藤阿須加)に連れられ、なつ(広瀬すず)と富士子(松嶋菜々子)は浅草の劇場にやってきた。ダンサーのステージが終わり再び明かりがつくと、スポットの中に独特な格好をした男が姿を現す。男はステージの上でひとり歌いだし、やがて音楽に乗ってタップを踏み始めた。客席の男たちは一斉に、ステージに向かい罵声を浴びせる。すかさず、男も客を罵倒し始める。そのとき、なつがその男に向かって声をかけた…。
29話ネタバレ
六区館
楽屋
咲太郎「師匠! 今日のステージは どうするんですか! 師匠!」
島貫「お前 出てこい。」
咲太郎「そんなの ここの客に 通用するわけないじゃないですか!」
島貫「いいから やってこい! 行け!」
咲太郎「ええ~…。」
ホール
<なつよ… 覚悟はいいか? いよいよ…。>
(歓声)
<なつよ…。>
(歓声)
ステージ裏
咲太郎「お疲れさまです。 お疲れさまです。 お疲れさまです。」
マリー「咲ちゃん 出るの?」
咲太郎「しかたないんだよ。」
マリー「ハハッ… 頑張ってね。 今夜も待ってる。」
咲太郎「無事 生きてたらね…。」
ホール
咲太郎「ああ 星がきれいな夜だ。 俺は この街で生きている 老けた浮浪児。 ♬『雨の日も風の日も 命のないように生きているのだ 街の人はいい人も 悪い奴も 私は知ってる でも… 私は愛している この街角を 私は好きなのだ この街角が 私は見て来たのだ この目で』
「もういい 引っ込め! 早く女の子出せ!」
咲太郎「うるせえ バカヤロー! 女の子だってな そうそう踊れるか! 少しは休ませろ!」
「お前が休め!」
「そうだ そうだ!」
咲太郎「この野郎… だったら てめえが上がってこい!」
なつ「お兄ちゃん! お兄ちゃんだ…。 間違いない。」
咲太郎「誰だ?」
富士子「なつ!」
信哉「なっちゃん!」
なつ「お兄ちゃん…。」
咲太郎「なつ…?」
なつ「なつです。」
咲太郎「なつ…! お前 なつか!?」
なつ「なつだよ。 私 なつだよ。」
咲太郎「なつ… なつかよ…! なつ!」
なつ「えっ お兄ちゃん…。」
咲太郎「なつ!」
(拍手)
「よっ! いいぞ 兄ちゃん!」
咲太郎「バカヤロー! この子は見せもんじゃねえ!」
(拍手)
なつ「お兄ちゃん…。」
定食屋
なつ「私は ずっと幸せだった。」
咲太郎「本当か?」
なつ「本当だよ。 これ以上ないくらい。」
咲太郎「ありがとうございました!」
富士子「いいのさ。 なつが 家族になってくれて 私たちも幸せだから。」
咲太郎「ありがとうございます。」
富士子「けどね なつはね あんたや 妹さんのことを忘れたことは 一度もないのさ。 あんたも そでしょう? いつか 2人を 新宿に呼ぼうとしてたでしょ?」
咲太郎「えっ?」
信哉「角筈屋書店の茂木社長から聞いたんだ。」
咲太郎「新宿に泊まってるのか?」
富士子「ええ。 川村屋さんには すっかりお世話になって。」
なつ「川村屋さんが 部屋を貸してくれたの。」
咲太郎「えっ! マダムは 何か言ってたか?」
なつ「うん 言ってたよ。 お兄ちゃんは 新宿のムーランルージュを愛してて そこのみんなからも 愛されてたって。」
咲太郎「それだけか?」
なつ「ほかに 何かあんの?」
咲太郎「あ… いや…。」
なつ「ほかに 何があんの?」
咲太郎「ほかにあるなんて 誰が言ったよ。」
なつ「言ってないけど 言ってるみたい。」
咲太郎「言ってないよ。 いつ言った?」
なつ「何言ってんの?」
信哉「咲太郎 どうした?」
咲太郎「いや どうもしないよ。 えっ?」
店員「お待たせいたしました。」
咲太郎「あ! 来た 来た! おい なつ。」
なつ「ん?」
咲太郎「ここの天丼は おいしいんだぞ。 天丼 好きだったろ?」
なつ「私が?」
咲太郎「何だ 覚えてないのか? おやじが よく作ってくれたんだよ 天丼を。 いつか その天丼を 腹いっぱい食いたいって あのころの俺は そればっかり考えてたな。 さあ 食え 食え! 頂きます。」
なつ「頂きます。」
信哉「頂きます。」
咲太郎「うん! どうだ?」
なつ「うん おいしい。」
咲太郎「だろ? だけどな おやじの天丼は こんなもんじゃ なかったんだよ。」
なつ「そなんだ。」
咲太郎「おやじは 日本一の料理人だったからな。 あ… 食べて下さい。 おいしいですよ。」
富士子「そんで… これから どうするの? あんたは どうしたいの? なつを…。」
咲太郎「俺は…。 なつは どうしたいんだ?」
なつ「私は お兄ちゃんに会えたから 今度は 千遥に会いたい!」
咲太郎「千遥か…。」
なつ「どこにいるの?」
咲太郎「それが 分からないんだよ。 おじさんの家 いつの間にか 千葉から引っ越したらしくて。」
なつ「えっ…。」
信哉「じゃあ その後の消息は分かんないのか?」
咲太郎「だけど 心配ないよ。 千遥も 今は きっと 幸せに暮らしてるよ。」
なつ「どうして分かんのさ?」
咲太郎「昔 手紙を書いたことがあるんだ。 なつの居場所を知らせようと思って。 そしたら おばさんから返事が来てな 千遥は 今 すっかり この家に懐いてるから 変に手紙を書いたり 会いに来たりしないでくれって…。 里心がつくと いけないからな。」
なつ「そうなんだ。」
咲太郎「ああ。 千遥は 今頃 俺たちのことを すっかり忘れてるかもしれないな。」
なつ「そんでも 捜したい。」
咲太郎「分かったよ。 それは 俺に任せろ。」
なつ「うん。 兄ちゃんは どこに住んでいるの?」
咲太郎「今は宿無しだ。 全国の劇場を飛び回ってるからな。」
なつ「これから 一緒に新宿に行かない? みんな お兄ちゃんのこと 心配してるよ。」
咲太郎「うん… 明日行くよ。 明日の昼 必ず行くって 川村屋のマダムに そう言っといてくれないか。 俺が 必ず お礼に行くからって。」
なつ「分かった。 明日 待ってる。」
咲太郎「ああ。 あ~ 食おう! なつ 冷めちゃう。」
富士子「頂きます。」
咲太郎「うん! うまいだろ。」
<咲太郎は 少し無理して笑っていたようです。 本当は もっと心の底から 笑いたかったのにな… 咲太郎。>
<なつは やっと 兄の咲太郎に会えました。 だけど 何となく 嫌な予感もしてくるのでした。 私もです。>