あらすじ
咲太郎(岡田将生)は、劇団を辞めて声優のプロダクションを立ち上げるとなつ(広瀬すず)に宣言する。咲太郎は、所属第1号の蘭子(鈴木杏樹)とともに、雪次郎(山田裕貴)やレミ子(藤本沙紀)に声優という仕事の可能性を語る。季節が巡り、制作の期限が迫ってきた初夏。東洋動画では、短編映画のストーリーがなかなかまとまらず、なつは、麻子(貫地谷しほり)や坂場(中川大志)らとともに生みの苦しみを味わっていて…。
89話ネタバレ
東洋動画スタジオ
作画課
なつ「最後は その木の怪物が 悪魔の塔を倒すんです。 すると がれきの中から 今まで食べられてきた子どもたちが よみがえるんです。 そして 木の怪物が その塔があった場所で 静かに また動かなくなる。 鳥たちが集まってきて その枝に とまる。 木漏れ日が降り注ぎ ヘンゼルとグレーテルを包み込む。 ああ 森に平和がやって来た。」
坂場「そこで 完!」
なつ「はい!」
神地「面白い!」
なつ「ありがとう!」
下山「よし とにかく これで進めてくれ。 うん。」
なつ 坂場「はい。」
会議室
<なつたちの『ヘンゼルとグレーテル』の ストーリーが出来上がりました。>
下山「それで イッキュウさん 今後は どうやって進めていくつもり?」
坂場「僕が 今までの話を脚本に起こして それを 神地君と一緒に絵コンテにします。」
神地「えっ?」
坂場「手伝ってくれますか?」
神地「はい… 喜んで!」
麻子「ちょっと待ってよ。 新人に 絵コンテ描かせる気?」
坂場「それに関しては 僕だって新人ですよ。 時間がないんです。 マコさんは 奥原さんと一緒に 絵コンテが出来たところから 原画の作業に入って下さい。」
麻子「(ため息)」
<そのころ 咲太郎の声の会社も 動き出していました。>
録音スタジオ
咲太郎「この『拳銃渡世人』は 30分シリーズの西部劇で 放浪するガンマンが 1話ずつ 事件を解決していく話です。 我々は その1話だけの出演になります。」
松井「へえ 西部劇なのか。」
咲太郎「読んでないんですか!」
島貫「こいつは そういうやつだ。 字が読めるのかも怪しい。」
松井「芝居は覚えるもんじゃねえ 生み出すもんだ。」
咲太郎「セリフを覚える必要はないんですけど 間違えないで下さいね。 本番は 最後まで止めずにやりますから。」
雪次郎「えっ? 間違えたらどうするんです?」
咲太郎「間違えたら 最初からやり直しだ。」
レミ子「ちょっと 咲ちゃん 私の役 間違ってない?」
咲太郎「間違えてないよ。 レミ子は男の子だ。」
レミ子「何で 私が男の子なの?」
咲太郎「吹き替えで 子役を使うのは大変なんだよ。」
レミ子「私のどこが だみ声なのよ!」
蘭子「何でもいいから やってみなさい。 芝居は心よ。」
レミ子「はい…。」
藤井「先生 見えたよ。 どうぞ。」
咲太郎「おはようございます!」
雪次郎 レミ子「おはようございます!」
蘭子「まあ 先生 お久しぶりです。」
遊声「おお 蘭子ちゃん また よろしく。」
蘭子「よろしくお願いいたします。」
遊声「はい。」
咲太郎「今回のテレビ映画の主役 スティーヴ・マッキングの声をあてられている 豊富遊声さんです。」
島貫「おっ あんたのこと よく知ってるよ。 元活弁士の。 よろしく。」
遊声「誰?」
松井「バカ! 頭が高いんだよ お前は。 先生 松井新平と申します。」
遊声「はい よろしく。」
雪次郎「ジョージ役の小畑雪次郎です…。」
咲太郎「藤井さん。」
藤井「うん?」
咲太郎「今回は ありがとうございます。」
藤井「ああ…。 遊声先生に金かかるからね。 予算を考えたら ぜいたく言えないよ。」
咲太郎「頑張ります!」
藤井「うん ハハ…。」
咲太郎「おはようございます。」
「おはようございます。」
雪次郎「咲太郎さん あの人たちは?」
咲太郎「あの人たちは 効果音を作る効果さんだ。」
雪次郎「えっ 音も一緒にとるんですか?」
咲太郎「そうだよ。 セリフだけを入れ替えるわけには いかないんだよ。 向こうで レコードを流して 音楽も新しく入れるんだ。 だから間違えるなよ みんなに迷惑がかかるからな。」
雪次郎「はい…。」
遊声「さあ いこうか。」
一同「はい よろしくお願いします。」
遊声「はい。」
藤井・スピーカー『それじゃ 初めての方 セリフをしゃべる時は マイクに近づいて。 イヤホンから原音が出るので…』。
藤井・スピーカー『それを聞きながら 映像の口の動きと セリフを合わせて下さいね。 それじゃ いってみましょう。 回して下さい』。
(ノック)
遊声『ベティさんですか?』。
蘭子『ええ 私に何か?』。
遊声『仕事の依頼の伝言をもらったんですが』。
蘭子『あなたがレオさん?』。
遊声『ええ そうです』。
蘭子『早速だけど あなたを雇いたいの。 私の夫として』。
遊声『どういうことです?』。
蘭子『私と結婚して下されば それでいいの。 形式だけのことよ。 お待ちになって』。
遊声『(ため息)』
蘭子『息子のデービスです。 この子の父親になってほしいの』。
レミ子『おじさんは誰?』。
遊声『さあね。 おじさんにも分からない』。
蘭子『今日から あなたのお父さんよ』。
レミ子『お父さんは死んだよ。 戦争で英雄になったんだ』。
蘭子『デービス さあ また あっちに行ってなさい』。
遊声『お気の毒に』。
蘭子『その死んだ父親の父親 つまり あの子の祖父は 鉄道会社を経営している大富豪です。 そして もうじき あの子を 私から奪いに来るんです。 私は あの子を 手放すことなんてできない。 あなたに守ってほしいの』。
遊声『そういうことなら判事に頼むべきだろ。 俺じゃない』。
蘭子「無理なの!」。
(いななきの声まね)
蘭子『あっ レオさん 来ましたわ!』。
島貫『さ~あ 今日こそは 孫を返してもらおうか』。
蘭子『返す?』。
島貫『判事から 法律上の許可を取ってきたんだ。 諦めるんだ。 あんたには もう 子どもを扶養する権利は…』。
蘭子『判事から お金で買ったの?』。
島貫『ハッハ~ 何を言うかね。 話は終わりだ! さあ ジョージ とっとと…』。
遊声『おいおい ちょっと待ってくれ』。
島貫『あっ ああ… おお… あんたは…』。
蘭子『あの子の… あの子の新しい父親です』。
島貫『あんたの… 新しい男か? ハハ。 それじゃ 考えるまでもない。 ますます ここには…』。
遊声『力ずくで 子どもを奪うことはないだろう』。
雪次郎『あんたは引っ込んでろよ! ゴロツキだろ? 痛え目に遭うぜ。 ウッ…』。
藤井「ダメだ! ああ ストップ! ストップ! ちょっと止めて。」
咲太郎「すみません!」
藤井「(ため息) 口と全然合ってないだろ! あんた 何見てしゃべってんだ!」
咲太郎「島貫さん まず映像見て 口と呼吸 合せて下さいよ!」
島貫「お前ね 芝居というのは間だよ。 自分の間で芝居をしなかったら 役者の個性は死ぬんだ。」
咲太郎「吹き替えは それじゃ できないんです!」
松井「こいつには無理だ。 吹き替えってのはな 人の間を盗むんだよ。」
島貫「そんな泥棒のまねができるか。 お前じゃないんだ。」
松井「あ?」
藤井「ジョージ」
雪次郎「はい。」
藤井「それから なまってるよ! お前 どこの生まれだ?」
雪次郎「北海道の十勝です。 えっ なまってましたか?」
咲太郎「なまってた。」
藤井「大富豪のお付きが なまるなよ! はあ…。 頭から もう一回いくよ。」
咲太郎「頼むよ みんな!」
雪次郎「すいませんでした。 『あんたは引っ込んでろよ。 ゴロツキ…』。」
蘭子「『あんたは』。」
雪次郎「『あんたは引っ込んでろよ』。」
蘭子「『あんたは』。」
雪次郎「『あんたは引っ込んでろよ』。 『あんたは引っ込んでろよ!』。」
一同「『あんたは』!」
島貫『話は終わりだ! さあ ジョージ とっとと…』。
遊声『おいおい ちょっと待ってくれ』。
島貫『おう? あんたは 一体 どこの…』。
蘭子『あの子の新しい父親です』。
島貫『あんたの新しい男か? それじゃ 考えるまでもない。 ますます ここには デービスを置いておくわけには…』。
遊声『力ずくで 子どもを奪うことはないだろう』。
雪次郎『あんたは引っ込んでろよ! ゴロツキだろ? 痛え目に遭うぜ…』。
スピーカー・藤井『ダメだ! ストップ!』。
雪次郎「えっ? なまってましたか?」
島貫「お前 いい加減にしろよ バカヤロー!」
松井「お前もだよ! 俺の出番は いつ来るんだよ!」
スピーカー・藤井『おい どうなってんだよ! 直ってないじゃないか!』。
咲太郎「すみません! もう一度お願いします!」
雪次郎「すみませんでした。」
遊声「おい。 本当に頼むよ。」
雪次郎「はい…。」
<結局 これが 7回も繰り返されまして…。>
(ノックとドアが開く音まね)
島貫『話は終わりだ! さあ ジョージ とっとと連れてこい』。
遊声『おいおい ちょっと待ってくれ』。
島貫『うん? あんたは誰だね?』。
蘭子『あの子の新しい父親です』。
島貫『あんたの新しい男か? それじゃ 考えるまでもない。 ますます ここには デービスを 置いておくわけにはいかないね』。
遊声『力ずくで 子どもを奪うことはないだろう』。
遊声『あんたは引っ込んでろ! ゴロツキだろ? 痛い目に遭うぜ。 ハッ』。 『ウッ!』。 『俺は デービスの父親だ』。
喫茶店・リボン
麻子「あなたのお兄さんが 声の会社を始めたの?」
なつ「そうなんです。 兄は声優と言ってますけど。 外国のテレビ映画の吹き替えが 主な仕事らしいんです。」
茜「あっ 私 それ よく見てるわよ。 最初は違和感あったんだけど 慣れてくると 自然に感じてくるのよね。 私のおばあちゃんなんて 『この外人さんは 日本語がうまいね』だって。」
なつ「茜さんの家には テレビがあるんですね。」
茜「うん。 割に早い時に買ったのよ。」
麻子「その会社の俳優の人たちを 今度の短編映画に使えってこと?」
なつ「いや… そうじゃないですけど 声を探したいと思った時には 兄に相談することはできます。」
麻子「分かった。 話は それだけ?」
なつ「あっ いや…。」
麻子「まだ何かあるの?」
なつ「マコさんは… 今度の短編映画 あまり乗り気じゃないですか?」
麻子「えっ…。」
なつ「『ヘンゼルとグレーテル』 面白くないと思ってますか?」
麻子「面白くないと言ったら どうするの?」
なつ「やめます。 私は マコさんが納得してないと嫌なんです。 私は マコさんと一緒に作りたいんです。 もちろん みんなが納得いくものを。 日本で 初めて原画になる女性は マコさんしかいないと思っています。」
なつ「この会社に入った時から マコさんは 私の目標なんです。 だから 納得のいく漫画映画を 作ってほしいんです。 それを 私も一緒に作りたいんです。」
麻子「あなたって ずるいわ…。」
なつ「えっ?」
麻子「そうやって 何でも いちずに 自分の情熱だけを貫こうとするんだから。 周りで悩んでる人は 何も言えなくなるでしょ。」
茜「それは 少し分かる。」
なつ「えっ… 本当?」
麻子「でも ものを作るには大事なことよ。 それがないと すぐに妥協するからね。 だから 私のことなんて気にしなくていいの。 あなたは 作品のことだけを考えてなさい。」
なつ「マコさん 私は…。」
麻子「それでいいって言ってるの!」
茜「そうね… なっちゃんには 結局 それしかできないかもね。」
なつ「そんな! えっ それじゃ 私が 人のことを 考えられないみたいじゃないですか。」
麻子「怒らなくていいのよ。 それが若さってもんでしょ。 私だって そうありたいのよ。」
茜「マコさんだって まだまだ若いですよ。」
麻子「若くないとは言ってない。」
茜「あっ すみません…。」
麻子「とにかく やるしかないんだから あれこれ考えずに頑張りましょう お互いに。」
なつ「はい…。 分かりました。」
茜「さあ なっちゃん 氷解けちゃうよ。 これ飲んだら帰ろう。」
なつ「はい…。」
茜「ちょっと そんなに慌てて飲まなくても大丈夫だよ。」
なつ「喉渇いてて…。」
茜「緊張したもんね…。」