ドラマダイジェスト

連続テレビ小説「ちむどんどん」73話「ウークイの夜」

【 連続テレビ小説「ちむどんどん」】73話のネタバレです。

あらすじ

優子(仲間由紀恵)は、久しぶりにそろった賢秀(竜星涼)、良子(川口春奈)、暢子(黒島結菜)、歌子(上白石萌歌)の四きょうだいに、自身の過去を話しはじめる。これまで四人には秘められていた亡き父と優子のなれそめなどだ。同じころ、東京のフォンターナでは房子(原田美枝子)が二ツ橋(高嶋政伸)に、鶴見では三郎(片岡鶴太郎)が田良島(山中崇)に、それぞれにずっと秘めてきた過去の思いを語る。

73話ネタバレ

比嘉家

優子「もう 話してもいいよね。」

優子「長い話になるけど 聞いてくれるかぇ? お父ちゃんとお母ちゃんの 昔の話…。」

暢子「いつの写真?」

優子「昭和18年ぐらいかね。 うちの家族と お父ちゃん。 たった一枚 残っている写真。 お父ちゃんが ずっと持っててくれてたわけ。」

暢子「これが お母ちゃんのおうち?」

優子「そう。 うちは 那覇の食堂の娘だったから。」

回想

1944年(昭和19年)那覇

♬~『(浜千鳥)』

優子『うちの家族は 両親と おじぃ おばぁ 時恵ネーネー 弟の秀夫の7人家族。」

優子『ネーネーは 琉球舞踊が上手で 弟は 賢秀に似て やんちゃだったよ。」

♬~『(浜千鳥)』

良子『お母ちゃんも 踊りを習ってた?」

優子『ネーネーに 少し教えてもらっただけ。」

回想終了

比嘉家

暢子「お母ちゃんの踊り 見てみたい。」

賢秀「おう。 ハッハッハ…。」

優子「お父ちゃんは うちのお店で働いていたさぁ。 お店の名物は そばだったよ。」

暢子「あ~ だから お父ちゃんが そばを作れたわけ?」

良子「そのお店で お父ちゃんと出会ったわけ?」

優子「初めは ただのお客さん。 芸人一座の 一番下っ端でね。」

歌子「もしかしたら 上原さんも その一座にいたわけ?」

優子「上原さんが座長だったんだのに。」

賢秀「アキサミヨー。 父ちゃんの夢は 歌手だったわけ?」

優子「歌子が 今 使っている三線は お父ちゃんが そのころから使っていたもの。」

優子「上原さんの一座は 苦しくなって お父ちゃんは 本土に出稼ぎに行ったわけ。」

レストラン・フォンターナ
オーナー室

房子「私の両親は やんばるの出身で 幼い姉を親戚に預けえ 鶴見に仕事を探しに来た。 私は 鶴見で生まれた。 だから 私は 一度も 姉には会ったことがない。 その姉の息子が 賢三。 暢子さんの父親。」

二ツ橋「つまり オーナーの 甥御さんですね。」

房子「賢三は 戦前 出稼ぎで鶴見に来ていた。 私は 親戚というものに 初めて出会った。 うれしかった。 明るい若者で 三線はうまいし 県人会にも すぐになじんだ。」

回想

1941年(昭和16年)鶴見

賢三♬『親ぬ寄し事や 肝に染みり 親ぬ寄し』

回想終了

沖縄料理店・あまゆ

田良島「じゃあ 三郎さんは 暢子ちゃんの父親から三線を?」

三郎「両親は 沖縄生まれの沖縄育ちだが 俺は こっちで生まれて育った。 沖縄のことを何も知らねえ。 大人になると それが悔しくてな。 それで 賢三に 三線を教えてもらったんですよ。 じきに 那覇に 戻っちまったんですけどね。 民謡歌手になりてえっつって。」

比嘉家

歌子「お父ちゃんは 結局 歌手には なれなかったの?」

優子「どうにもならなくて…。 お父ちゃんは 住み込みで うちの食堂の店員になった。」

賢秀「で そのまま結婚?」

優子「ううん。 お父ちゃんは そのうち いなくなってしまったから。」

良子「何で?」

優子「戦争が始まって 召集されて 中国の方に出征していった。」

沖縄料理店・あまゆ

田良島「俺の兄は 19年に入営しましてね。 沖縄で 戦死したんです。 だから どうしても あの『鉄の暴風』のことを 自分で記事にして伝えたかった。」

三郎「俺は 戦後 シベリアに連れていかれました。」

田良島「シベリアですか。」

三郎「何年も 残された家族は 生きてんのか 死んでんのかも分からずね。 苦労かけちまいましたよ。」

多江「いいえ。」

三郎「寒さと飢えの中 シベリアで死んだやつは まだ 骨も 日本に帰れないまま。 いいやつほど 早く死にます。」

比嘉家

優子「お父ちゃんは 戦地でのことを ほとんど話さなかった。 ただ 一度だけ すごく後悔してることがあると言ってた。」

優子「『まくとぅそーけー なんくるないさー』。 自分が正しいと思うことを 守れなかったことを すごく悔やんでいたと思う。 帰ってきたばかりの頃は 夜 寝ている時『ごめんなさい ごめんなさい』と うなされていたからね。」

回想

賢秀「父ちゃん 毎朝 何をお祈りしてるわけ?」

賢三「お願いしたいことと 謝らないといけないことがあるわけさ。」

回想終了

優子「昭和19年10月10日の大空襲で 那覇は 焼け野原 おうちも 食堂も 全部燃えて おじぃと おばぁも亡くなって。 そして 米軍が上陸してきた…。 うちは 山の中を さまよっているうちに お父さん お母さん ネーネーと はぐれて 弟と 二人きりになってしまった。」

回想

優子「はっ…。」

回想終了

優子「うちと弟は アメリカ兵に つかまって 捕虜収容所で終戦を迎えた。」

良子「戦争が終わって お父ちゃんは 沖縄に帰ってこられたわけ?」

優子「日本には 戻ってきていたけど 沖縄には 帰ってこられなかった。」

歌子「何で?」

優子「そのころ 沖縄出身の復員兵は すぐに 沖縄に帰ることを 許されていなかったから。」

暢子「どうして?」

優子「沖縄は… 日本じゃなくなっていたからねぇ。」

回想

1945年 冬(昭和20年)鶴見

房子『妹と 空襲で生き別れて きっとまた 一緒に暮らせると信じて ずっと捜し続けて。』

房子「とも…! すいません…。」

房子『私は 妹を捜しながら 焼け跡の闇市で 商売を始めた。』

房子「あっ ありがとうございます。 ありがとうございました。 いらっしゃい…。 賢三…。」

房子『明るかった賢三が まるで別人。 笑わない男になっていた。 沖縄に帰りたくても 帰れなかった 賢三は 私の商売を手伝ってくれた。』

房子『人がいいし 料理もできる 頼れる甥っ子だった。 独りぼっちだった私は とっても うれしかった。』

房子「賢三。」

賢三「はい。」

賢三「叔母さん ありがとう。」

房子「2人で もっともっと働いて 稼ぐよ!」

賢三「はい!」

房子『これからも ずっと一緒に 商売をやっていこうねって約束した。』

回想終了

レストラン・フォンターナ
オーナー室

房子「翌年 賢三は沖縄に帰れることになって 鶴見を去った。『家族の消息を確かめたら すぐ また戻ります』と言って。」

房子「でも それっきり…。 賢三が 鶴見に 戻ることはなかった。 1年ほどして 手紙が届いた。『やんばるで結婚した。 やんばるで子供を育てたい。 約束を破ってしまって 申し訳ない』。 私は 裏切られたと 思い込んでしまった。」

比嘉家

優子「あちこちの収容を 転々とさせられて いつも ひもじくて。 やがて 弟も死んでしまった。 うちが 独りぼっちになってしまって もう 生きる気力もなくたった頃…。」

優子「お父ちゃんは 自分の親きょうだいが 収容所にいるんじゃないかと 捜しに来てた。 結局 みんな 戦争で 死んでしまっていたんだけど。」

回想

1946年(昭和21年)沖縄

賢三「優子か?」

優子「ニーニー… 賢三ニーニー!」

賢三「生きてたのか 生きててくれたのか!」

優子「よかった…。」

回想終了

優子「運命の再会だと思った。」

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