貞子「そしたら ミシン 買うて 個人授業つけてもらいぃな。」
糸子「え?」
貞子「そやから ミシン 買うやろ? ほんでな『うちは 洋裁がしとうて ミシン 買います。 買うたがぎりは きちんと 洋服が作れるようになるまで 教えてもらわな困ります』て言うんや。」
糸子「おばあちゃん。」
貞子「何や。」
糸子「ミシンなんか うちに買える訳ないやん。」
貞子「買うたるがな。」
糸子「えっ?」
貞子「買うたる 買うたる! ミシンぐらい なんぼでも おばあちゃん 買うたるで。」
糸子「ほんま?」
貞子「うん 今から行こうか! そのミシンや どこなん?」
糸子「そこ ほんの そこや。」
勇「あかん あかんて おばあちゃん。 また おばあちゃん そんな勝手したら おじいちゃん 怒ってまうて。」
貞子「ふん! ええやんか 私の お金やねんから。」
糸子「けど うちも よう考えたら そんな ミシンなんか 買うてもうても お父ちゃん怒って 家に置かしてくれへんかもしれん。」
貞子「はあ~ どこの男も 何で こんなに みみっちいんやろ!」
糸子「けど おばあちゃん うち お父ちゃんに頼んでみる。」
貞子「何て?」
糸子「そやから 全部 ほんまの事 言うて おばあちゃんに ミシン買うてもらうん 許して下さいって。」
勇「それが ええで。」
糸子「根性入れて頼んでみる。 ええて言わしちゃるよって 待っててな おばあちゃん。」
貞子「うん。」
糸子「ここの店 前 おじいちゃんにも 連れてきてもうた。」
貞子「そら 心斎橋ゆうたら この店が一番やもん。」
勇「うん 初めて来たけど なかなか ええ店やなあ。」
貞子「大きい声では言われへんけどな 有名人も よう来とんで。」
勇「ほんま?」
貞子「うん。」
勇「あ… あれ。」
糸子「え? 何 何?」
貞子「誰かおった?」
勇「あそこに おんの 中村春太郎ちゃう?」
貞子「あ! ほんまや 春太郎や。」
糸子「誰 誰? 春太郎て。」
貞子「歌舞伎の若手役者や。」
糸子「歌舞伎役者? あれか? あの人か?」
貞子「また こないだと ちゃう子 連れとる。 あの若い子も あんなタラシに ころっといかれてしもうて アホやなあ。 どうせ すぐに 泣かされるに決まっとんね。」
春太郎「そろそろ行くわ。 何や 要らんで金なんか。」
奈津「え?」
春太郎「あとで付き人が 払いにくるさかい。 ほな 僕 帰るわ。」
「おおきに! ありがとうございます!
「毎度おおきに! 春太郎様 またのお越しを!」
糸子「奈津…。」