あらすじ
昭和17年末、糸子(尾野真千子)の3回目の出産が近くなった矢先、勝(駿河太郎)に召集令状が届く。糸子はあえて仕事で気持ちを紛らわせるが、勝の髪をバリカンで刈っているうちに万感の思いが込み上げる。出征前夜、善作(小林薫)に向き合った勝は、すみませんと頭を下げ、糸子は思わずむせび泣く。そして善作と勝は徹夜で飲み明かした。数日後、勝が送り返してきた背広のポケットにあった1枚の写真に、糸子は仰天する。
58回ネタバレ
小原家
玄関
<とうとう来てしましました。 赤紙です>
「そちらに 署名 なつ印を お願いします。」
勝「はい…。」
ハル「糸子。 今日 あんた 午後からな…。」
居間
糸子「ごめんやで 待たせて。」
千代「あんた こんな日ぃくらい 店 休んだら ええのに。」
糸子「ええねん。 普通に 店 開けてる方が 気ぃも紛れるさかい。」
千代「ほんで いつ 出征や?」
糸子「5日やて。」
千代「もう すぐやんか?!」
糸子「せやから ほんま忙しいで。 今日の夜から 実家 行って 親戚やら友達やらに 挨拶回りするんやて。」
千代「お父ちゃんが『家族水入らずで ゆっくりせえ』て言うてたで。」
糸子「せやけど 正味 そんな暇も ないやろな…。」
優子「お父ちゃん どっか行くん?」
糸子「うん。 お父ちゃんな 戦争 行くんや。」
優子「ふ~ん。 優ちゃん お父ちゃん行ってまうん 嫌やなあ。」
糸子「お母ちゃんも 嫌やけどなあ しゃあないんや。」
(泣き声)
糸子「お母ちゃん… 優子が見てる。」
千代「ごめんな…。」
玄関
勝「ほな 実家 行ってくるわ。」
糸子「うん。 ちょっと堪忍。 待っといてな。」
玄関前
糸子「なあ! 出征ちゅうたら 何 持っていくんやろ? 何や 買うといた方がええもんやら あるか?」
勝「ないない。 旅行 ちゃうんや。」
糸子「そうか…。 ほな 気ぃ付けてな。 お母さんらに よろしゅうな。」
勝「うん。 あさってには 戻るさかい。」
糸子「うん。」
糸子「さあ 忙し忙し!」
オハラ洋装店
<こんな時 店が忙しいちゅうんは ほんまに助かりました。 余計な事 考えんで済むよって>
糸子「また いつでも始められるように 道具なんかも きっちり手入れして しもうとくんやで。」
2人「はい。」
正一「こんにちは。」
勇「こんにちは。」
糸子「勇君 おっちゃん! いや~! あら~ え~?」
正一「勝君 出征やってな…。 おめでとう。」
糸子「来てくれたんか わざわざ。 おおきになあ。」
居間
糸子「せやけど 勇君 何年ぶりや?」
勇「糸ちゃんの結婚式以来やな。 あれ もう… 8年前か?」
糸子「いや~ そないなる? ハハハ へえ~。」
ハル「どこへいっちゃったんかいなあ? 何や あの外国の…。」
糸子「ああ セラ… セレ…。」
静子「セレビス!」
勇「セレベス島。」
静子 糸子「セレベス島や!」
ハル「へえ~ 何しに?」
勇「勤め先の貿易会社から 駐在員で 行っとったんですよ。 けど まあ こんなご時勢やから 会社が潰れしもうて。」
ハル「ほんで 今 お父ちゃんの会社 手伝うてんのかいな?」
勇「はい。」
正一「まあ うちも 軍服屋に なってしまいましたけどねえ。」
糸子「おじいちゃんら 元気にしてんの?」
正一「まあ… まあまあな…。 ああ やっぱり 勝君の事 聞いて お前の事 えらい心配しとったで。」
糸子「『大丈夫や』て 言うといてな。」
2階 座敷
(からすの鳴き声)
(バリカンの音)
居間
優子「ザラザラや~!」
勝「気持ち いいか?」
静子「直ちゃん。 ほら 直ちゃんも 触らしてもらい。」
<ことごろは 派手な出征祝い ちゅうのは 禁止されてるよって 家族と店の子らだけの 小さい会を やりました>
(一同の笑い声)
台所
<世の中では『食べ物がない』ちゅうて 大騒ぎしています。 そやけど うちは お金の代わりに 食べ物を置いていってくれる お客さんらの おかげで 全然 不自由してませんでした>
ハル「あんた それ 豚やんか?!」
糸子「せや。」
ハル「そんなもん どこで買うてきたん? なあ 闇だけは やりなや。 人に知れたら えらいこっちゃで。」
糸子「うちは 闇は せえへん。」
居間
一同「うわ~!」
勝「カツレツや!」
糸子「大将のやで。 今日は 大将が おなかいっぱい 食べてから あんたらの番やさかいな。」
勝「かめへん。 食え食え。 お前らも 今まで ご苦労さんやったなあ。」
台所
糸子「ちょっと お父ちゃん 遅いなあ。」
千代「うん。『必ず 行く』ちゅう ちゃったんやけどなあ。」
糸子「何してんやろ?」
千代「多分なあ どんな顔して 来たらええか 困ってんやで。」
糸子「困ってる?」
千代「案外 こういう時 何 言うたらええか 分からへんように なるさかいな お父ちゃん。」
玄関前
勝「何してんや?」
糸子「う~ん お父ちゃん なかなか来えへんよって。」
勝「うん…。」
糸子「あ 来た! もう 遅いやんか お父ちゃん。」
勝「お父さん…。」
善作「うん。」
勝「すんません。 赤紙… 来てしまいました。 すんません…! すんません… すんません…。」
(泣き声)
勝「お父さん すんません…。」
(泣き声)
勝「すんません…。 すんません…。 お父さん すんません。」
居間
<そのあと お父ちゃんと勝さんは 2人きりで 一晩中 お酒を飲んでました>
玄関前
勝「ほな 行ってきます。」
糸子「行ってらっしゃい。」
「行っちょいで。」
「大将 行ってらっしゃい。」
優子「行ってらっしゃい。」
直子「行ってらっしゃい。」
優子「行ってらっしゃい!」
直子「行ってらっしゃい~!」
木之元「頑張りや!」
優子「頑張ってきてよ~! 行っちょいで~!」
<次の朝 二日酔いの むくんだ顔で 勝さんは 出征していきました>
オハラ洋装店
糸子「はい どうも。」
「おおきに。」
糸子「おおきに~。 あ~ もう 忙しい! あ~ 忙しい忙しい。 よいしょ。」
善作「やかましい!」
糸子「はあ?」
善作「どないもならんのに『忙しい 忙しい』言うな。」
糸子「せやけど ほんま 忙しいんやて。 勝さんの仕事も 全部 こっちに 回ってきてしまうんやさかい。」
善作「せやから わしが こないして来て 手伝うてんのやないかい。」
糸子「あ せやせや あれ どない なっちゃったかいな。」
『ごめんください。 お荷物です。』
糸子「は~い!」
2階 座敷
善作「糸子~!」
糸子「ん?」
善作「勝君の荷物か?」
糸子「うん。 着ていった背広 送り返してきたわ。」
善作「ちゅう事は まだ 大阪にいてんけ?」
糸子「う~ん それは 書いてないけど 元気やて。」
善作「せめて この正月ぐらい 日本で迎えられたらなあ。」
糸子「うん…。」
善作「あ… 中 よう見たか?」
糸子「え?」
善作「見てみ。 そういう所にな 書いたら あかんようなもん 書いて 入れとくもんなんや。」
糸子「ほんま? 何も入ってへんけどなあ…。 ん…? 何か入ってる。」
善作「見てみい。」
糸子「うん。 ん?」
善作「何や?」
糸子「その女の人 どっかで見た事ある。」
回想
菊乃「あっ 小原さん。」
回想終了
糸子「あ… あの人や。」