安岡家
居間
糸子「こんにちは~!」
糸子「(小声で)『勘助 いてる? 上?』」
(せみの鳴き声)
糸子「あ~。 太郎! あ~。 泰蔵にいちゃん そっくりやな。」
八重子「なあ。 フフフ!」
勘助の部屋
勘助「そやかて もう工場 行きたないねん。 ほんまに嫌やねん。」
糸子「あんな 今くらいが 一番しんどいねん。 うちかてな そら いろいろ あったんやで。 けど それを我慢して 乗り越えて…。 お前 聞いてんのか?」
勘助「聞いてるけどよ。」
糸子「何や?」
勘助「糸やん 知らんやろ?」
糸子「何をや。」
勘助「うちの主任と 班長な。 ほんまに 鬼みたいな奴なんやで。」
糸子「そんなもん 知るか! 鬼みたいな奴なんか どこにでも いてらし! 今は お前の話をしてんのじゃ。 お前が もっと…。」
勘助「うわ~ うるさい うるさい! うるさい 嫌なもんは嫌なんじゃ。 ほんまのほんまに 行きたないねん もう 俺の事は ほっといてや! ああ~!」
居間
糸子「おばちゃん あら どうにもならんで。」
玉枝「ほうけえ?」
糸子「そやけど まあ 勝手には辞めへんやろ。 泰蔵にいちゃんに どんだけ 怒られるか分からへんし そんな根性はないで。」
玉枝「そこまで嫌なんやったら やっぱし 辞めさせちゃった方が ええんかの。」
糸子「甘やかしたら あかんて。 せっかく あんな でっかい工場に 就職でけたんやさかい。」
玉枝「まあなあ そやねんけどなあ。」
糸子「あ それ『令嬢世界』?」
八重子「うん。」
糸子「今月のん?」
八重子「そうや 見る?」
糸子「見る見る! お! 見てこれ スカートこない長い。」
八重子「今の 流行りみたいやな。」
糸子「流行?」
八重子「うん 今月のん こんなスカートの人 多かったもん。」
糸子「へえ~! わ! ほんまや この人も長い。」
八重子「そやろ?」
糸子「うん。」
<泰蔵にいちゃんの お嫁さんの 八重子さんは パッと見ぃは普通やけど よう見たら 案外 おしゃれな人で この『令嬢世界』とかを 毎月買うて 見せてくれたり>
八重子「糸ちゃん この人の帽子 形 見てみて。」
糸子「うわ。」
八重子「パリで流行ってる形やねんて。」
<洋服の事も よう知ってて いろいろ教えてくれるさかい うちは このごろ 八重子さんと しゃべるんが ごっつい 好きです>
八重子「糸ちゃんは?」
糸子「え?」
八重子「洋服 作らへんの?」
糸子「ああ…。」
八重子「パッチが縫えるんやから 洋服かて縫うてみたら ええのに。」
糸子「そやった。 うち 洋服 作りたいんやった。」