山田家
富士子「あの~ 奥さん。 これ ちょこっとだけど ニシンの干物と ジャガイモと 自家製のバターです。」
タミ「どうも すいません。 ありがとうございます。 助かります。」
富士子「ほんのちょこっとで ごめんなさいね。 バターは たまたま作っただけで。 ジャガイモゆでて それにつけて食べてみて下さい。」
なつ「おいしいよ とっても。」
天陽「うん。」
剛男「あの~ 東京から来て こっちの冬は こたえましたでしょう。 こう言っては なんですが この家で よく我慢なさいましたね。 あなた方は 強い。」
正治「河原で 石を拾ってきて それを焼いて ぼろきれで包んで 抱いて眠りました。」
剛男「そうですか…。」
正治「それでも 背中は 凍るように冷たくて 実際 起きると 子どもの背中に 雪が積もっていたことがあります。」
剛男「ああ…。」
正治「もう あんな思いはさせられません。 今年が ダメなら ここを離れるしかありません。」
剛男「どうです? 牛飼いは考えませんか?」
正治「牛飼い?」
剛男「酪農です。 今 こっちでは 農業と酪農の 両方やってる人が増えてるんです。 牛の糞尿が いい肥料になりますし どっちかが ダメな年でも どっちかで補えるようにしてるんです。」
正治「それは分かりますが でも どうやって 牛を 手に入れればいいんですか?」
剛男「それは…。」
正治「うちの息子が お宅のお嬢さんに 何を言ったか…。 ここに… ここにいたいと 言ったかもしれませんが それは 子ども同士の話ですよ。 我々が 真剣に話すことではないでしょう。」
泰樹「なぜ 真剣に話してはならん?」
富士子「父さん。」
泰樹「わしは ここにいる なつに言われて ここに来た。 この子に言われなければ 動きはせんかった。」
正治「だから何です? それは そちらの事情でしょう。」
剛男「そうですよ お義父さん。」
泰樹「わしの事情ではない。 なつの事情だと言っとるんだ。 それを 真剣に聞いてやることが なぜ いかん。 同じように あんたの息子にも 事情があるだろう。 それを 真剣に聞いてやれと そう言っとるんじゃ。」
正治「何を言いたいんですか?」
泰樹「ここの土は ダメだ。 今年も 作物は育たんだろう。 来年も ダメじゃ。 ちょっとやそっとのことで 土は よくならん。」
剛男「お義父さん 本当に 何が言いたいんですか? そんなに落ち込ませて!」
泰樹「それでも やる気があるなら 手はある。 3年か… 5年は かかるかもしれん。 それでも やる気はあるか?」
正治「むちゃを言わないで下さい…。」
天陽「僕はやりたい! お父さん それでも 僕はやりたいよ! 僕が頑張るから お父さんは 今の仕事を続けてていいよ。 僕がやる!」
正治「天陽 みんなの事情も考えろ。」
泰樹「事情なんか くそ食らえだ! 大人の事情で この子らはどうなった? この子らに 何をやったんだ 大人は! 今は せめて この子らが 何をやりたいのか 子どもの話だと思わずに そのことを 今こそ きちんと 大人が聞いてやるべきだろう。」
富士子「父さん…。」
陽平「お父さん 天陽は 本当に 農業がやりたいんだよ。 馬が死んだ時 一番悲しんだのは天陽なんだ。」
タミ「あなた… あなただって 本当は ここにいたいのよね? 離れたくないのよね? 私たち家族のために 諦めようとしてくれてたのよね? あれだけの覚悟をして ここまで来たんだもの!」