和彦「フォンターナでお寿司? おから?」
重子「やっぱり これ…。 懐かしい。 毎日 おなかをすかせてた 終戦直後の…。 お父さんと よく行った… 闇市の味。 オーナーも よくご存じですよね。」
房子「あまりにも材料がなくて 今では 考えられないような料理が ありました。」
暢子「本日の特製メニューは 終戦直後に 主に 闇市で出されていた料理です。 ご承知のとおり 材料が不足していたことから 苦肉の策で生まれたものです。 前菜のゼリー寄せは 豚の代わりに魚肉ソーセージを。 スープは 当時 進駐軍スープなど さまざまな呼び名があったものを イメージして 本来は 一緒に使わない素材を 組み合わせました。」
暢子「カツレツは 牛肉の代わりに 当時 多かった クジラ肉とネギを使いました。 そして お米も生魚も ままならなかった時代の おからのお寿司。 ネタは 野菜や こんにゃくで 工夫してあります。」
重子「お父さんが 戦争から生きて帰ってきてくれた時 母さんは 本当にうれしかった。 自分でも 驚いたわ。 親同士が決めた結婚で 好きでもない相手と思っていたのに。 あのころは 食べ物が足りなかった。 闇市には 何でもあったけれど 値段が どんどん上がって。 私の実家も あのころは お金がなくて。」
重子「そんな時 あなたが生まれた。 何年かして 闇市は『マーケット』と名前を変えて。 あなたを連れて 3人で出かけては まだ こういう料理を食べていたわ。 おいしくなかったのよ。 今 考えるとね。」
重子「でも あのころ それが おいしかったの。 不思議ね 生活が豊かになるにつれて 言い争うようになった。 戦争中の世の中も 戦後の物のない暮らしも 私は 大っ嫌い! 子供には 絶対に味わわせたくない。 でも ひょっとしたら あのころが 私の人生で 一番 幸せだったのかも。」
重子「ごちそうさまでした。」
暢子「私は 一度 自分を信じられなくなりました。 和彦君を 不幸にしてしまうかもしれない。 そう 思い始めていました。 思いとどまらせてくれたのは 姉です。 私は 和彦君に ふさわしくないかもしれません。 でも 私を信じてくれている家族は すばらしい家族です。」
暢子「家族との思い出は 私が 世界中に自慢できる宝物です。 私を 信じてくれてる フォンターナの皆さんもです。 ここで過ごした歳月は 胸を張って誇れる宝物です。 重子さんにも 大切な思い出 宝物があって うちとは 全然 違うものだと思います。 でも きっと どちらも大切な宝物なはずです。 それを教えてくれたのは 和彦君のお父さんでした。」
回想
史彦「そして 思い出は 必ず それぞれに違います。 その違いを知って 考えて 互いを尊重してください。 その先にだけ 幸せな未来が待ってると 私は そう思っています。」
回想終了
暢子「重子さんの 大切な思い出の味を 作れたらと思いました。」
重子「披露宴は イタリア料理でお願いますね。 あと 沖縄料理も 食べさせてもらいたいわ。」
暢子「えっ…。」
和彦「母さんん…。」
重子「来年の春でしたよね? 楽しみにしています。」
暢子「お義母さん…。」
重子「『しーちゃん』…と 呼んでくださる?」
暢子「えっ?」
重子「私 孫ができても『おばあちゃん』とは呼ばれたくないの。 しーちゃん 駄目?」
暢子「いえ そんなことは…。」
重子「駄目?」
暢子「しーちゃん。」
(笑い声)