連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」第126話「戦争と楽園」

(布美枝と深沢の笑い声)

廊下

絹代「なかなか ええ男だがね。」

修平「そげだなあ。」

絹代「やっぱり ウナギでも ごちそうしましょうか。」

修平「お前 病院は ええか?」

絹代「え?」

修平「心臓 どげした?」

絹代「何ともないですわ。」

修平「あ?!」

客間

深沢「しかし ご両親に 礼など言われては 心苦しいばかりですよ 古い つきあいに免じて 水木さんには 原稿料の払い 待ってもらっているのに…。 実は 近頃は どの漫画家にも なかなか原稿料が払えないんです。」

布美枝「会社も 大変なんですね…。」

深沢「まあ まだ なんとかやってますが。」

布美枝「お茶 いれかえましょうか?」

茂「深沢さん やあ しばらくですなあ。」

深沢「よう 水木さん!」

茂「これ 原稿です。」

深沢「ありがとうございます。 面白いですね。 『星を つかみそこねる男』。 なんだか 身に つまされる。」

茂「近くに 墓もありますからなあ。 近藤 勇の事は いずれ描きたいと 思っとったんですよ。」

深沢「原稿料が払えず 申し訳ない。」

茂「いやいや その分 こっちは 好きなように やらせてもらってますから。 『ゼタ』は ええです。 面白ければ 載せるという 深沢さんの編集方針が ずっと貫かれとる。」

深沢「しかし 商業誌としては 失格かもしれません。 実は… そろそろかなあと 思ってるんですよ。」

茂「自分も そろそろ取りかからねば ならんと思っています。」

深沢「え?」

茂「え?」

深沢「何の事です?」

茂「いや 漫画の話です。 ずっと考えて ようやく 形を つかみかけてきたところで。 タイトルは… 『総員 玉砕せよ!』です。」

布美枝「あ…。」

(爆撃の音)

深沢「『ラバウル戦記』か…。 知らなかったなあ 水木さんが こんなのを描いていたとは。」

茂「人に見せる当てもなくて ただただ 描いていたものですからな。」

深沢「貸本時代から 戦記物を 読ませて頂いていたが…。 そうか。 これが 2年前に描いた 『敗走記』に続くのか…。」

茂「戦記とは 名ばかりで 惨めで こっけいな 兵隊の日常 ばかりを 描いてあるんですが。 これも 戦争なんです。 土木作業中に けがで死ぬ者 マラリアで死ぬ者 川に落ちて ワニに食われる者…。」

茂「俺は こんな事で死ぬのかと みんな 驚きながら 死んでいきました。 戦争はね むちゃなんですよ。 もっと生きたいという 当たり前の事を許さんのですから。」

(兵士達の歌声)

茂「次に描く漫画には すべてを込めようと思っています。 まあ 時間は 少し かかるかもしれませんが…。」

深沢「そうか… それは 残念だなあ。 ああ いや その『総員 玉砕せよ!』を 自分の手で出版できないのが ちょっと残念な気がして…。 実はね そろそろ 『ゼタ』も 潮時だと思っていましてね。 本当のところ 今日は その幕引きの相談で 伺ったのです。」

布美枝「えっ。」

深沢「創刊した頃とは 漫画界も すっかり変わりました。 原稿料も払えない雑誌に この先… 新しい風を 起こす力があるのか。 続けても あちこちに 迷惑かけるだけじゃないか…。 今なら まだ 格好よく やめられる。 いい引き時だ!」

深沢「と まあ…。 そんな事を 考えていたんですが…。 まだ どこかに… こういうものを描いてる人が いるかもしれないなあ。 それを見つけだして 世の中に送り届ける事が 『ゼタ』の務めでした。 もう少し あがいてみるかな…。 恰好よく幕を引こうなんて 私には似合いませんな。 まだまだ やれる事がありそうだ。」

茂「ええ。 まだまだですよ。」

布美枝「はい…。」

深沢「まだまだ…。」

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