道中
<まるで白昼夢。 この街の人たちは まさか私が今から 八海 崇とプライベートで会うとは 夢にも思わないだろう。 八海サマが指定したのは 銀座のレストラン La Caver neの地下の一室>
レストラン・La Caver ne
「こちらでございます。」
<そこは白昼夢というより デスゲームのような空間だった>
八海「あ… 遅くなりました。 どうぞ。」
<緊張する>
八海「どうぞ。」
<何か 話さなきゃ…>
八海「どうしました?」
ミワ「いえ…。」
八海「ミワさんは 何を飲みますか?」
ミワ「あ… すいません。 つまんない… ですよね。」
八海「えっ?」
ミワ「せっかくのお休みなのに こんな普通の人間と食事なんて…。」
<えっ ちょっと 何言ってんの? 私。 こんなとこで自虐はやめて~。 これ以上 空気を悪くしないで~!>
(指先で テーブルをたたく音)
<八海サマ いらだってる? そりゃ 退屈ですよね>
(指先で テーブルをたたく音)
<いや 待って これは… モールス信号>
(こ ち ら を み て)
八海「やっぱり。 ミワさんなら分かると思いました。 映画で覚えたんですか?」
ミワ「はい。」
八海「必要に迫られてるわけでもないのに 映画好きが高じて モールス信号さえも覚えてしまう。 そんな人 普通ですかね。」
<八海サマは 最初から分かっていた。 私が緊張して 彼の手元しか見られなかったことを。 八海サマの優しさで 私は 彼のイタズラっぽく笑うお顔を はっきり見ることができた>
ミワ「モールス信号といえば 『パラサイト』でも使われていましたよね。」
八海「ああ そうでしたね。」
ミワ「はい。 主演のソン・ガンホさんって…。」
<それから私は 29年間 せき止められていたダムが 決壊したかのように 一気に話し続けた>
ミワ「『殺人の追憶』でした。 サスペンスなストーリーに 巧みに織り込まれたユーモアと社会風刺。 監督が書く脚本も もちろん すばらしいのですが ソンさんのアドリブも すごいんです。 『メシは食っているのか?』。 あれがアドリブだと知った時は もう震えて 何回も何回も見返しました。」
ミワ「すいません 私ばっかり話してしまって。」
八海「とんでもない。 本当に熱心ですね。 業界の人間でも そんなに詳しい人はいませんよ。」
ミワ「いや お恥ずかしいです…。」
八海「それに 知識もさることながら 映画に愛がある。 役者冥利につきます。 それだけの知識があったら お友達との会話も さぞかし盛り上がるでしょう。」
ミワ「子どもの頃 椅子取りゲームが苦手だったんです。」
八海「椅子取りゲーム?」
ミワ「みんなで先を争って席を取り合うのが 何だか恥ずかしかったんです。 そこに入っていくエネルギーが なかったっていうか。」