(ノック)
水口「はい。」
(ノック)
(泣き声)
水口「はい。」
アキ「眠れません。」
水口「君は いくつだ。 もう寝なくていいから 布団の中で じっとしてなさい。」
アキ「じっとしてたら うるさいって言われました!」
水口「うるさい?」
アキ「気配が うるさいって。 出てってくれって。」
水口「えっ ユイちゃんのお母さんが? あの上品な奥さんが? 浮気とか絶対しなそうな 風邪薬のコマーシャルに出てそうな 奥さんが? 男と 上野で!?」
アキ「はい。」
水口「それは 確かに じぇじぇじぇだ。」
アキ「どうすべえ。」
水口「どっちにしろ 警察に届け出してる訳だから 似た人 見かけたって 通報した方がいいかもね。」
アキ「ユイちゃんには?」
水口「それは 絶対言っちゃ駄目だよ。 ただでさえ 心が折れかけてるのに 蒸発した母親が東京で しかも 男と一緒だなんて聞いたら 完全に折れるよ。」
アキ「はい…。」
水口「どうなの 最近。 連絡取ってる?」
アキ「お母さんの一件以来 メールも返ってこねえし 留守電入れても 折り返しもねえ。」
水口「何か 責任感じるな…。」
アキ「水口さんが? なして?」
水口「だって 2人を引き裂いた もともとの原因は俺だし。 あんなに仲良かったの。 飲む?」
アキ「んだな。 あっちさ いた頃は 毎日何時間でも しゃべれたのに 今は電話つながっても 正直 何しゃべっていいか 分がんねえ。 せめて おらとユイちゃんの立場が 逆だったら…。」
水口「そういうもんかもしれないね。」
アキ「え?」
水口「前に言っただろ?『ユイちゃんの方が かわいくて 華があるのに』って。 でも ひょっとすると 世の中を動かしてるのは 一番かわいい子や 一番才能のある人間じゃなくて 2番目なんじゃないかって 思うんだ。」
アキ「2番目…。」
水口「うん。 2番目の人間が 1番の人間に対して 恥ずかしい姿 見せたくないって 頑張った時に 成功するんじゃないかって。」
アキ「ユイちゃんに対して 恥ずかしくねえ仕事しろって事ですか?」
水口「うん。 あっ 君が 2番っていう意味じゃ ないけどね。」
アキ「そこは『うん』で いいじゃないですか。」
水口「いや それは駄目でしょう。 今 40位に入れるかどうかの 崖っぷちなんだから。 ドラマの撮影もあるし。」
アキ「あっ そうでした!」
水口「セリフ完璧?」
アキ『島田さん 先週 引っ越しましたよ』。
水口「棒読みだな。」
アキ「いやいや 今のは本気じゃねえし。」
水口「じゃあ 本気でやってみてよ この扉 使って。」
アキ「あ~ あ~ 『島田さん』。 あ~ テスト テスト。」
水口「はい! ピンポ~ン!」
アキ『島田さん 先週 引っ越しましたよ』。
水口「もう一回。 ピンポ~ン! 島田さ~ん。」
アキ『島田さん 先週 引っ越しましたよ』。
水口「表情が硬いかな。」
<考えても しょうがねえし とりあえず おらは 仕事さ打ち込む事にしました。 隣人Cになり切る事に>
水口「もっと 体全体 使ってみて。」
アキ『島田さん 先週 引っ越しましたよ』。
水口「駄目。 もう一回。」
<生まれて初めて カメラの前で演技する事に 緊張していたのは もちろんですが 今は余計な事を考えたくなかった というのが本音です>