台所
五郎「あっ… すいません。」
梅「お湯 沸かそうと思って。」
五郎「手拭い… 手拭…。」
梅「そこ そこ。」
五郎「あっ。 失礼しました。」
梅「あっ あっ… あの… 下駄 ありがとう。 直しといてくれたでしょう。」
五郎「ああいうの 得意なんで。」
裕一の仕事場
ノックする梅
五郎「はい どうぞ。」
梅「お茶 よかったら。」
五郎「あっ すいません。 ありがとうございます。」
梅「あの… もし ご迷惑じゃなかったら 鉛筆 削ってもらえませんか?」
鉛筆を削る五郎
梅「作曲しとったの?」
五郎「はい。」
梅「何か悩んどるの?」
五郎「実は… 全然書けなくて。 先生に申し訳ないです。 いっつも よくして下さってんのに。」
梅「本当に 裕一さんのこと 尊敬しとるんだね。」
五郎「尊敬しても し足りません。 売れる音楽を作り続けることが どんなに大変なことか…。 そんで あったかい家族もいて。 先生は 僕の憧れです。」
鉛筆を渡す五郎
五郎「梅さんは 憧れの作家さん いるんですか?」
梅「昔は… あの子を追い越すことが 目標だった。 受賞式にいた 幸 文子って作家。 彼女 16歳であの賞を取ったの。 小学校の頃の同級生なんだ。」
五郎「えっ…。」
梅「先越された時は悔しかった。 自分の力のなさに気落ちして 書くのやめようと思った。 でもね 好きな文学だけには まっすぐ向き合おうと思った。」
梅「そこからは ただ がむしゃらに書き続けてきた。 私は ほかに何も取り柄ないし 人づきあいも苦手で無愛想だし つまらん人間なの。 だから もう… 文学だけいいやって。」
五郎「本当に そう思ってるんですか?」
梅「えっ?」
五郎「一生 文学だけでいいって。」
無言で去る梅
五郎「梅さん…。」
朝の台所
音「はい お願いします。」
五郎「はい。」
五郎「お… おはようございます。」
梅「今日 私 朝ごはん要らない。」
音「どうしたの? 具合悪いの?」
梅「別に。」