登志の部屋
布美枝「お父さん 寒くないかね? お父さん。」
源兵衛「ああ。」
布美枝「それ 何なの?」
源兵衛「昔の店の大福帳だわ。 わしも知らんかったが おばばは ずっと大事に 持っておったんだな。 これ 見てみ 下手くそな字だろ。 まるで 子供のなぐり書きだが。」
布美枝「ほんとだ。 これ お父さんが書いたかね?」
源兵衛「いいや… おばばだ。」
布美枝「えっ 信じられん。 おばばは 達筆なのに。」
源兵衛「おばばは… 嫁に来た頃は 商売の事は まるで分からんし 読み書きも よう できんだった 言っとったわ。 女には 学問のいらんいう 時代の話だけんなあ。」
源兵衛「わしのおやじが早(はや)こと 亡くなってしまったけん おばば わしを育てながら 家の事して 呉服屋の切り盛りもして 子供の頃 夜中に目を覚ますとな…。 おばば一人で 手習いしとった。 えらい真剣な顔でな 声が かけられんだった。 偉いもんだのう。 独学で こげに きちっとした帳面を つけられるまでになったんだけん。 偉いもんだのう。」
数時間後
登志「布美枝 布美枝。」
布美枝「おばば 気がついたかね?」
登志「どげしただ? そげな暗い顔して。 そげな顔しとると ええ ご縁も逃げていくぞ。」
布美枝「何 言っちょ~ね? 具合は どげなかね?」
登志「久しぶりに 話 聞かせてや~わ。」
布美枝「え?」
登志「『とんと昔が あったげな。 飯田のおばばがな ちょっこしの間 あの世へ行って ご先祖様に お伺いしてきたげな』。
登志「『孫の布美枝が 嫁入り先が ね~のではと案じておるが どげでしょうか?』。『ご先祖様はな【布美枝は のっぽで ちょっこし内気だなあ。 だども 気持ちの優しい ええ子だけん いつか きっと ご縁のある所に導いてあげる】そげ 言っとらしたげな』。こっぽし。」
布美枝「おばば…。」
登志「お前の事はな おばばが ず~っと見守っとるけんな。 布美枝ちゃんに ええご縁がありますように。」
布美枝「おばば…。」
<私が布美枝と話したのは この夜が 最後となってしまったのです>
<私が あの世に旅立ち 四十九日も済んだ ある日…>
廊下
布美枝「お父さん…? あ お父さん こんな時間に どっか行くんだろうか?」
ミヤコ「何も聞いとらんけどね…。 じき 晩ご飯だけん ちょっこし見てきてごしない。」
布美枝「うん。」