雉真繊維
<勇は 兄 稔亡きあと 雉真繊維の跡継ぎとして 千吉のそばで働いていました。 雉真繊維は 空襲で焼け残った工場で 足袋と学生服の生産を 再開していました。 原材料は まだ配給制で 布地はおろか 糸の入手も困難でした>
千吉「これが 今年 うちで作った学生服の生産量か。」
林「さようです。」
千吉「全国比は?」
林「岡山の全体で 17%です。」
千吉「去年と変わらんじゃねえか。」
林「はい…。 じゃけど 当分 原料統制が撤廃される見込みは…。」
千吉「そねんこたあ 百も承知じゃ。 もっと知恵を絞れ!」
林「はい。」
千吉「勇。 おめえは どねん思うんなら。 どねんすりゃあ 雉真を戦前の姿に戻せる思う?」
勇「そうじゃのう…。 父さんは もともと 足袋から雉真を始めたんじゃったのう?」
千吉「そうじゃ。」
勇「それが やがて 学生服を作るようになって 雉真の丈夫な学生服いうて 評判になった。」
千吉「おう。」
勇「戦争が始まると 軍服の生産で名をはせた。」
林「さようです。」
勇「つまり… 足袋は さしずめ1番打者じゃ。 とにかく塁に出ることが大事じゃから 思い切ってバットを振った。 打球は 三遊間を抜けてヒットとなった。 打者は 一塁へ。 続く 2番。 2番は学生服じゃ。 2番は 送りバントで 1番打者をセカンドに送るのが定石じゃ。」
勇「しゃあけど そこは俊足の誇る2番打者 滑り込んで ノーアウト ランナー 一 二塁とした。 続く3番。 3番は軍服じゃ。 いや~ 軍服は バントの指示ゅう無視して バットを振った。 力み過ぎて サードゴロ ダブルプレーに倒れた。 さあ ツーアウト ランナー 二塁。 ここで4番じゃ。 4番には どねえな強打者を送り込むべきか。 …ちゅう話じゃな?」
千吉「違う。」
雉真家
勇の部屋
雪衣「失礼します。」
(戸が開く音)
雪衣「坊ちゃん。 夕飯を召し上がらなんだでしょう? せめて お夜食でも。」
勇「ああ… ありがとう。 そけえ置いてえて。」
雪衣「はい。」
勇「本当に 雪衣さんは 気が利くのう。」
勇「まだ 何かあるんか?」
雪衣「いえ。 失礼します。」
(戸が閉まる音)
翌朝
(小鳥のさえずり)
勇「あ~…。」
台所
安子「小豆の声を聴けえ。 時計に頼るな。 目を離すな。 何ゅうしてほしいか 小豆が教えてくれる。 食べる人の 幸せそうな顔を思い浮かべえ。 おいしゅうなれ。 おいしゅうなれ。 おいしゅうなれ。」
勇「ええ匂いじゃのう。」
安子「勇ちゃん。 おはようございます。」
勇「おはよう。 あんこを作りょんか?」
安子「うん。 こねえだから きぬちゃんの店の隅で おはぎゅう売らせてもらよんじゃ。」