千遥「親方が?」
清二「僕より 千遥のことを 一番かわいがっていたのは おやじだったからな。 そのおやじが亡くなった今 千遥が この店にいる理由が なくなったのも 無理はないよ。」
雅子「何を言うの。」
清二「だけど よく この店を やめる決心をしたな。 君さえよければ 僕は いつ別れてもいいと思ってたんだ。」
なつ「それは ただの無責任じゃありませんか。」
咲太郎「なつ…。」
清二「分かってますよ。」
雅子「千遥さんは この店を潰してもいいんですか?」
千遥「はい…。 すみません…。 養育費も 何も要りません。 千夏といられたら それだけでいいんです。」
雅子「そうはいきませんよ。 千夏は うちの大事な孫ですからね。 ここを出て あなたが 一体 どうやって育てていけるというの?」
千遥「仕事は すぐに見つけます。」
なつ「それに 私たちがいます。 家族がいます。 どうか 千遥から 千夏ちゃんを 奪うようなことだけはしないで下さい。 これからは 家族が 必ず支えていきます。」
千遥「千夏は ちゃんと育てます。」
咲太郎「女将さん… 実は 千遥の… 我々の戦死した父も 料理人だったんです。」
雅子「えっ?」
咲太郎「日本橋で 小さな料理屋をしていました。 その前は 浅草の料亭にいて そこで 女中をしていた母と知り合って 独立したんです。」
咲太郎「 2人とも 子どもの頃から 奉公に出されて 頼れる人は少なかったと 言っていましたが その小さな店で 本当に 私たち家族は幸せだったんです。 戦争さえなければ…。 その店を 私が再建したいと思っています。 千遥には いずれ その店を継がせたいと思います。 だから 安心して下さい。」
雅子「ちょっと お待ちなさい。 今 お父様が浅草の料亭にいたって 言ったけど 何ていうお店?」
咲太郎「さあ 名前までは…。」
雅子「亡くなったうちの人も 若い頃は 浅草の料亭で 修業をしていたんですよ。」
千遥「親方も?」
雅子「はあ… もしかしたら そのころから あなたと うちの人は 縁があったのかもしれないわね。 あなたたちの気持ちは よく分かりました。 夫婦の関係に関しては こっちが悪いんでしょうから 離婚は認めます。 いいわね。」
清二「はい。」
雅子「だけどね 千遥さん…。 あなたは 何か 思い違いをしているようだけど この店は 今 あなたがいないと やっていけないのよ。 この店の味は あなたの味なの。 あなたは うちの人が見込んだ料理人なのよ。 私はね… うちの人が残した この店を できれば続けたいの。 離婚しても… この店は やってもらえないかしら?」
千遥「えっ?」
雅子「清二にも 父親としての責任は残りますからね。 まあ どんな形にせよ この店は あなたが受け継いで 千夏も ここで 安心して暮らせる方がいいでしょう。」
千遥「お義母さん… 本当に それでいいんですか?」
雅子「引き受けてもらえる?」
千遥「はい…。」
なほ子「女将さん…。」
清二「さすが 母さんだ。」
雅子「お前が言うな!」
清二「そうですね はい…。」
雅子「あ~ これで すっきりしたわね。 (笑い声)」