夫婦の寝室
茂「ルームサービスか。 気が利くな。」
布美枝「今日は 特別ですよ。」
茂「浦木のせいだなあ。」
布美枝「え?」
茂「イタチの毒気に当てられて 目が回ったんだ。」
布美枝「また そげな事 言って 働きすぎです! だけん 無理しないで下さいって 何度も頼んどるのに お父ちゃん ちっとも聞いてくれんのだもん。」
布美枝「私が どれだけ びっくりしたと 思っとるんですか。 お父ちゃんが 我慢強いのは よう知っとりますよ。 けど つらかったら 『つらい』って 言って下さい。 そうじゃなかったら 私…。」
茂「おい 人を重病みたいに言うな。」
布美枝「けど…。」
茂「ここんところ ちょっこし 無理しすぎたかもしれんな。 現代漫画社の赤字の分を 他の仕事で埋めようとして 詰め込みすぎたわ。」
茂「漫画の世界は どこまで行っても 厳しいぞ。 いつ 貧乏に逆戻りするか 分からん。 もう 俺一人で 好きなように 描いていた頃とは訳が違うけんな。 立ち止まったら 1個分隊が全滅だ。」
布美枝「だんだん…。」
茂「ん?」
布美枝「お父ちゃんは みんなのために 頑張ってお~なさったんですね。 私も 貧乏は 嫌ですよ。 けど… あの頃のお父ちゃんには いつも 心が楽しくなるような事 教えてもらっとったわ。」
布美枝「だけん 私 貧乏してても つらくはなかったです。 お父ちゃんと一緒に 笑っていられたから つらい事なんて 一つも なかった。 近頃のお父ちゃん… あんまり笑っとらん。 私… 貧乏しとる事よりも お父ちゃんが 笑ってくれん事の方が つらいです。」
茂「う~む… 作戦は 失敗か。」
布美枝「え?」
茂「俺はな 貧乏よけ大作戦を 決行しとったんだ。 先陣切って 戦っとるつもりが いつの間にか 部下達を 置き去りにしとったんだな。 1人で突撃しても 戦いには 勝てんな。」
布美枝「そげですよ! 後方部隊の事も 少しは信用して下さい! 私だけ 何も知らされんのは…。 淋しいです。」
茂「手紙 読んだぞ。 家の中まで 仕事のゴタゴタを 引きずったら いけんと思ってな。 だけん 仕事部屋に行く時も 一遍 外に出てから 入り直しとった。」
布美枝「お父ちゃん…。」
茂「そげな事は 口で言わんでも 分かると思っとったんだ。 おい 俺が 今 何を考えとるか 分かるか?」
布美枝「え?」
茂「いつになったら その飯を食わせてもらえるのか。」
布美枝「あ すみません! あら 冷めとる。 温め直してきます。」
茂「あ~ そのままで ええ。 もう これ以上は 待てん。」
茂「早ことせえ! ほい ほい。」
布美枝「はい。 あ 梅干し…。」
茂「ええ。 このままで ええ。 持っとれ 持っとれよ。」
布美枝「はい。」