水木家
玄関前
茂「お~い!」
布美枝「あ お帰りなさい。 ほれ まんじゅう買ってきたぞ。」
居間
布美枝「深沢さん そんなに悪いんですか?」
茂「うん。 他の版元を回って 様子を聞いてみたんだが 長野の療養所に入っとって 当分は 出てこられんらしい。
布美枝「三海社は どうなるんでしょうか?」
茂「会社の道具や 本の在庫を処分して たまった支払いに 充てると言っとった。 退院してきても 当分 会社は再建できんだろうな。 長野では 見舞いにも行かれんし。」
布美枝「あの… ほんなら。」
茂「ん?」
布美枝「この前の『鬼太郎』の原稿は どうなったんでしょう?」
茂「…うん。」
布美枝「こみち書房で 太一君に会って そろそろ 続きが出るかと 楽しみにしとるって 言っとったんですけど。」
茂「あれは… なくたった。」
布美枝「え?」
茂「消えた!」
布美枝「消えたって… 原稿がですか?」
茂「会社が つぶれる どさくさで どこに行ったか 誰にも分からん。」
布美枝「そんな…。」
茂「ごみと一緒に 捨てられたのかもしれん。」
布美枝「ごみだなんて…。 ほんなら 原稿料は?」
茂「うん… それも パアだ! もう諦めろ。 原稿がないものを 金の取りようがない。 あんたも食え。 うまいぞ。」
布美枝「ええ…。」
茂「まんじゅうぐらい 景気よく ばくっと食え。」
布美枝「すんません。」
茂「くよくよしとっても始まらん。」
布美枝「はい。」
茂「お…。 もう 他の版元と 仕事の話をつけてきたけん。」
布美枝「ほんなら 『河童の三平』を?」
茂「あれは… 深沢さんとこで出す 約束だけんな。」
布美枝「そげですね。 『鬼太郎』の続きですか?」
茂「いや しばらく『鬼太郎』は描かん。」
布美枝「それじゃ… 戦記物? あ 怖い漫画の短編ですか?」
茂「もう! 何でもええだろう! 仕事する。」
布美枝「え? あっ あの…! 私 いけん事 言っただろうか…。」
<深沢の入院 三海社の消滅。 捨てられた原稿。 不運が 一気に 押し寄せてくるようでした>
<いつになく 突き放すような茂の態度が 布美枝を 一層 不安な気持ちにしたのです>