安東家
居間
周造「ああ… 字が読めたらな…。」
吉平「あの…。 俺でよかったら読みますけんど…。 あ… 失礼しやした。」
周造「待て。 おまんしか いねえだから しょうがねえら。」
吉平「ふんじゃあ 読まして頂きます。 『「たんぽぽの目」。 百合子は 一人っ子でしたから お友達が遊びに来ない時は 寂しくて たまりませんでした。 「誰か遊びに来ないかなあ」と 言いながら お庭の木戸から 裏の原っぱへ出ていきました。 「今日は だ~れも 出ていないわ。 つまらないなあ」』。 あれ? おじぃやん? つまらんですか?」
周造「はなの作った話が つまらん訳ねえら。」
吉平「はあ…。」
周造「こうして 目をつぶった方が 景色が浮かぶだ。 さっさと続きょう読めし。」
吉平「はい。 『背の高い草が茂っていて その上に…』。 『「私 大きくなったら お歌を作る人になりたいの。 なれるでしょうか。 どうでしょう」』。 『お父さんも これからは たんぽぽを邪魔だなんて 言わないようにしようね』。 『お父さんは 優しく 百合子の頭をなでました』。 おしまい。」
周造「はなは 本当に面白えボコだったな。」
吉平「ええ。 神童ですから。」
周造「おまんが 東京の女学校に 入れるって言いだしたときゃあ とんでもねえこんになったと 思ったけんど はなが こうして 本を出すようになるとはな。 婿殿が 変わりもんだった おかげかもしれねえな。 はっきり言って おまんのこたぁ ふじが 結婚してえって 連れてきた時っから ずっと好かなんだ。」
吉平「知ってました。」
周造「こっちから見る富士山が 裏富士だなんて言いくさって。」
吉平「一つ屋根の下にいて 目も合わしてくれなんだ。」
周造「そうさな。」
吉平「お父さん…。 この度は いろいろ ご心労をおかけして すまなんだです。」
周造「あのサダという女とは 何もなかったずら。 よ~く考えてみりゃあ おまんは ほんな甲斐性のある男じゃねえら。」
吉平「はあ…。」
周造「ふんだけんど ふじは ほう簡単にゃあ 許さねえぞ。 あいつは 噴火すると おっかねえからな。」
吉平「名前が ふじですから。」
周造「ああ。 ハハハハ…。 婿殿。」
吉平「はい。」
周造「わしは もう そう長くはねえ。」
吉平「お父さん…。」
周造「ふじの事 こぴっと頼むぞ。 子どもたちの事も頼んだぞ。 もう一遍 読んでくりょう。」