糸子「さすがの総婦長さんも ほだされたらしいで。 特別に1人 入れて下さい ちゅわれてな。」
加奈子「うれしい。」
糸子「ほんなに 出たかったん?」
加奈子「はい。」
糸子「何で?」
加奈子「はい あの 子供が2人 いてるんです。 その子らに 見せちゃりたいと 思たんです。 私は 病気になってしもてから 自分の哀れな姿しか あの子らに 見せちゃれてないんです。 こない痩せてしもて 髪も無くなってしもた。 もちろん 私も つらいです。」
加奈子「でも…。 母親が…。 母親が そないなっていくのを見てる あの子らの気持ちを思たら たまらへんのです。 主人に連れられて 病室に 入って来る時の いっつも おびえるような顔が かわいそうで つらあて。 幸せにしちゃりたいのに…。 悲しませる事しかでけへんで。」
(泣き声)
糸子「よしよし よう分かった。 よう分かった。 よっしゃ! ほな 今度は うちの話 しよか。 うちは 今 88や。 あんた そら 88歳も 大概なもんなんやで! フフフ! 体は あちこち弱るしなあ。」
糸子「つえないと 歩けんし。 いつ 死んだかて もう おかしない年やよって いつ会うても 娘らの顔には まず『心配。 大丈夫なんか? お母ちゃん』て 書いちゃある。 ほんでもなあ 85 越えた辺りかいな。 ごっついええ事 気付いたんや。 教えちゃろか?」
加奈子「はい。」
糸子「年取るちゅう事はな 奇跡を見せる資格が 付くちゅう事なんや。」
加奈子「奇跡?」
糸子「そうや。 例えば 若い子ぉらが 元気に走り回ってたかて 何も びっくりせえへんけど 100歳が走り回ってたら こら ほんなけで奇跡やろ? うちもな 88なって いまだに 仕事も遊びも やりたい放題や。」