2階 座敷
糸子「あんたな。 ほんまに 美大 行きたいんか?」
優子「うん。」
糸子「何で行きたいん?」
優子「何でて そら 絵 描くんが 好きやからや。 ピアノやら習字やら 一とおりやったけど やっぱし 絵が一番 賞とかかて よう取れたちゅう事は そんだけ才能あるんやと 思てるし。」
糸子「本気で絵描きになる覚悟は あるんか?」
優子「え?」
糸子「本物の絵描きになるちゅうんは あんたも分かってるやろけど そんな簡単な事ちゃう。 ほんまに認められるまでは そら ものごっつい貧乏かて 苦労かて 覚悟せんならんやろ。 いや 生きてるうちに 認められたら ましな方で 死ぬまで認められん方が 多いかもしれん。 あんたは ほんまに そんなけの覚悟があって 美大 受けたい ちゅうてんか?」
優子「え…。」
糸子「どないや?」
優子「そんな… そんな 急に そんなこと 言われてもやな。」
糸子「あかん!」
優子「え?」
糸子「あかん!」
優子「え?!」
糸子「あんたは 美大なんか受けな!」
優子「何で? 何で 急に そんな事 言うん?」
糸子「何でか? よう 自分で考え!」
優子「何で? 何で…? え…? 何で?」
(泣き声)
直子「ただいま!」
聡子「お帰り!」
(泣き声)
直子「聡子。」
聡子「え?」
直子「どないしたん?」
聡子「え? 分かれへん。」
千代「泣きな! ほら お握り お食べ。」
優子「何で 急に あかんやて言うん? うちは 東京の美大に行きたて こんなけ一生懸命 勉強してきたのに!」
千代「ええさかい お食べ。 おなかすいたら 余計 悲しくなるよって。 フフフ! お母ちゃんにも お母ちゃんの理屈があるんや。」
優子「そら あるんか知らんけど その理屈が ムチャクチャなんや! 今まで うちの進路なんか なあんも興味なかったくせにな 今日 芳川先生に 何 言われたか知らんけど 急に『あんたが美大なんかに 行きな!』やで。 ひどいわ~!」
(泣き声)
千代「泣きな 泣かんでええ。 行きたかったら 行ったらええ。 おばあちゃんが 行かしちゃる。」
優子「ほんま?」
千代「ふん。」
居間
千代「ふん。」
聡子「ありがとう!」
オハラ洋装店
糸子「4時に山上さん来るから。」
昌子「山上さん はい。」
糸子「ワンピース作る。 あとは 16日の 7時ごろやったかな…。」
<その日から 優子は うちと 口をきこうとしませんでした>
玄関前
美代「あれ 優ちゃん 行っちょいで!」
優子「行ってきます…。」
美代「どないしたん?」
優子「何もない!」
美代「ええ~? ちょちょちょ! 何や 何や? また 何でも おばちゃんに 相談しいや!」
安岡家
安岡美容室
糸子「こんにちは!」
八重子「はれ いらっしゃい!」
店員「いらっしゃい!」
糸子「はい これ お裾分け。」
八重子「まあ~ 立派なリンゴ!」
糸子「また 北村から 送ってきよったんやし。」
八重子「北村さんて あの例の北村さん?」
糸子「うん。」
八重子「はあ いっぺんも会うた事ないけど まあ 気前のええ人やなあ。」