ダイニング
美都里「まあ まあ まあ。 帰ってくるなら前もって言われえ。」
稔「すんません。」
美都里「何にもねえんよ。 タミさん ひとっ走り行って かしわを分けてもろうてきてちょうだい。」
タミ「はい。」
稔「食事は 大阪で済ませてきました。」
美都里「あっ そう? それじゃあ 明日りゃあ ごちそうにするわね。」
勇「兄さんがおったら これじゃあ。」
稔「明日は すぐ また大阪に戻ります。」
美都里「ええ? そんな…。」
千吉「稔。」
稔「ああ 父さん。 ただいま帰りました。」
千吉「お帰り。」
美都里「あなたも止めてちょうだい。 明日戻るって言うんですよ。」
千吉「学校があるんじゃ しかたがねえじゃろ。」
美都里「ご自分は ええでしょうよ。 商用にかこつけて 大阪で会うんじゃから。」
千吉「ええから お茶でもいれてやれ。」
美都里「タミさん。」
タミ「はい。」
美都里「お茶…。 あ… いや 私が いれらあ。 タミさんは お風呂をくべてちょうだい。」
タミ「はい。」
千吉「神田さんが 褒めよったぞ。 おめえのような ええ跡継ぎがおると分かって ますます雉真繊維への信頼が 増したっちゅうて。」
稔「いや… 恐縮です。」
千吉「うちで 国民服を 製造しよう思ようるいう話ゅうしたら それはええと喜んでくださった。」
稔「ああ 国民服ですか。」
美都里「こねえな時に お仕事のお話しなんて。」
勇「学校の先生が着とったで。 軍服に似とるやつじゃろ。」
千吉「ああ。 ふだん着にもなる 礼服にもなる。 安うて丈夫な服じゃ。 いずれ 皆が これを求める時が来るじゃろう。」
美都里「みんなが同じものを着るなんて つまらないわ。」
千吉「ぜいたく言うんじゃねえ。 着るもんも食べるもんも これから もっと 簡素化が求められるんじゃ。」
美都里「まあ 嫌じゃ。 食べるもんも?」
千吉「遠からず 食用の砂糖は ほとんど手に入らんようになるじゃろう。」
稔「じゃあ 菓子屋などは どうなるんです?」
千吉「う~ん… 小せえ菓子屋は いずれ立ちゆかんようになるじゃろう。」
美都里「お菓子も食べれん言うん? 嫌じゃわあ せちがれえ世の中になって…。」
橘家
お菓子司・たちばな
きぬ「ほんなら お見合いの話は のうなったんじゃね?」
安子「うん。 わがままじゃて分かっとるけど…。」
きぬ「好きになってしもうたんじゃもん。 わがままになるなあ 当たりめえじゃが。 よかったがん。 稔さんも おんなじ気持ちで。」
安子「うん。」
きぬ「稔さんに婿に入ってもらうわけにゃあ いかんじゃろうか。」
安子「あ… 当たりめえじゃろお。」
きぬ「勇ちゃんじゃったら 丸う収まったのにな。」
安子「何ゅう おかしなこと言よん?」
きぬ「分からなんだら ええ。」
安子「えっ?」