なつ「盗みだけは 絶対にしない。 正しいことだけじゃ生きられんかったのは 昔も そだったし。 兄が 何か 悪いことをしてたとしても 私だけは 兄のことを悪い人だとは思わん。」
陽平「そうか…。 天陽は 俺のこと どう思ってるかな…。」
なつ「えっ?」
陽平「ずるいと思ってるかな…。」
なつ「そんなこと 少しも思ってないですよ。」
富士子「そうよ。 奨学金もらって 大学の授業料は免除されてるんでしょ。 陽平さんは偉いわよ。」
陽平「俺にしたら あいつの方がずるいけどな。」
なつ「どして?」
陽平「いくら勉強したって あいつのような絵は描けないから。」
富士子「卒業したら 北海道に戻らないの?」
陽平「まだ分かりません。 今 大学の先輩の仕事を 手伝ったりしてるんです。 あっ。 なっちゃんなら きっと 興味があると思うな。」
なつ「その仕事に?」
陽平「うん。 漫画映画を作る会社で働いてるんだ。」
なつ「本当に!?」
陽平「ああ。 見てみたい?」
なつ「見たい! どんなもの作ってんのか どうやって作ってんのか見てみたい!」
陽平「見に来る?」
なつ「えっ? いいの!?」
陽平「いいよ。」
なつ「あっ… でも…。」
富士子「行っといでよ。」
なつ「えっ?」
富士子「せっかく 東京まで来たんだから 少しぐらい楽しんできなさい。」
なつ「うん。」
<そして なつは そこに 足を踏み入れたのです。>
新東京動画社
陽平「なっちゃん。」
陽平「おはようございます。」
なつ「おはようございます! お邪魔します。」
陽平「仲さん…。」
仲「遅刻だぞ! 山田君 いくら まだ学生だからといって 職場で デートをするのは いかがなものかな。」
陽平「違います。 彼女は 弟の彼女なんです。」
なつ「えっ?」
陽平「北海道から出てきたんです。 高校3年生なんですが アニメーション制作に興味があって 見学を望んで ここに来たんです。」
仲「いらっしゃい。」
陽平「アニメーターの仲 努さん。 僕に 声をかけてくれた 大学の先輩。」
なつ「奥原なつです。」
仲「アニメーションを見たことある?」
なつ「はい! 子どもの頃に 学校の映画会で アメリカの漫画映画を見て感動しました。 まるで 色のきれいな夢を見てるみたいでした。」
仲「うん。 今に それに負けないくらいの夢を 作る予定だから。 今日は ゆっくり見てってよ。」
なつ「はい。 ありがとうございます。」
陽平「じゃあ あっちが 僕の机。 ここで 僕は美術 背景画を手伝ってるんだ。」
なつ「あっ 色がない。」
陽平「ここでは まだ モノクロの短編映画を 作ってるだけだから。 だけど これだって 白と黒だけで いろんな色を表現してるんだ。」
なつ「本当だ… 何種類もグレーがある。 色がついてるけど 白黒に見えてるだけかと思ってました。」
陽平「この背景の上に重ねる作画を描いてるのが 仲さんたちだ。 まず 動きの基礎となる絵を描く。 これを 原画といって その原画と原画の間をつなぐように 中割りと呼ばれる絵を描いてゆく。 これを 動画っていうんだ。 この動画と動画を描く人を アニメーターと呼ぶんだ。」