なつ「本当に そなの。」
咲太郎「どういうことだよ?」
雪次郎「なっちゃんは 夢があって 東京に出てきたんです。」
咲太郎「夢?」
なつ「うん。」
雪次郎「お兄さんは 新劇をしてるんですか?」
咲太郎「え?」
雪次郎「新劇の劇団関係の仕事をされてるとか。」
咲太郎「ああ たまに出てくれって 言われることもあるけどな 性格が奥ゆかしいから 今は制作部にいる。 昨日まで 『桜の園』をやってたんだよ。 知らないと思うけど。」
雪次郎「チェーホフですか!」
咲太郎「何 新劇に興味あるの?」
雪次郎「はい! 高校で演劇部だったんです。 なっちゃんも 同じ演劇部で 舞台に立ってたんです。」
咲太郎「何だよ なつ お前の夢って 女優になることか。 よし 兄ちゃんに任せろ。」
なつ「違うから。 私がやりたいのは 漫画映画だから。」
咲太郎「漫画映画?」
なつ「漫画映画を作りたいの。」
咲太郎「漫画映画って ディズニーとか?」
なつ「うん。」
咲太郎「子どもが見るもんだろ あんなのは。」
なつ「あんなのって…。 そういう子どもの夢を作りたいの。 子どもが見るものだから 私は作りたいの。」
咲太郎「そうか。 なつには そんな夢があったのか。 それで 東京に出てきたのか。」
なつ「うん。」
咲太郎「よかった。 それならいい。 それなら 兄ちゃんだった応援するよ。」
なつ「お兄ちゃん…。」
咲太郎「よし 俺に任せろ!」
なつ「何を?」
咲太郎「なんとかしてやる。」
なつ「いや 何もしなくていいから。」
雪之助「まあまあ まあまあ。 なっちゃんは あれだね 東洋動画に入りたいんだよね。 試験は6月だっけ?」
なつ「はい。」
雪之助「受かるといいね。」
なつ「頑張ります。」
咲太郎「東洋の撮影所なら 俺も よく行くぞ。」
雪次郎「映画に出てるんですか?」
咲太郎「ああ 劇団員の付き人としてだ。」
雪次郎「ああ…。」
なつ「お兄ちゃんの夢は何なの?」
咲太郎「俺の夢か? 俺の夢は ムーランルージュを復活させることだ。」
なつ「まだ そんなこと言ってるの? マダムに借金したのに。」
咲太郎「なつ 兄ちゃんは あの人を舞台に戻してやりたいんだ。 俺を救ってくれた人だからな あれでも。 よし 分かった。 また来るわ。」
雪次郎「本当に また来て下さいね。 新劇の話 聞かせて下さい。」
雪之助「バ~カ。 お前に そんな暇はない。」
なつ「ねえ 佐知子さんは どうすんの?」
咲太郎「さっちゃん?」
なつ「何か お兄ちゃんのこと 待ってるみたいだったから。」
咲太郎「さっちゃんはな かわいそうなやつなんだよ。 疎開中に 空襲で親を亡くして 苦労してきたんだ。 なつも 優しくしてやってくれ。」
なつ「お兄ちゃんは あんまり優しくしいない方がいいと思う。」
咲太郎「何で?」
<咲太郎には 同情と愛情の垣根がないようです。 困ったことに 女の子に限って。 その優しさが 時々 出過ぎてしまうようです。 女の子に限って。>
なつ<じいちゃん 父さん 母さん 今日 お兄ちゃんに会いました。 だけど お兄ちゃんには お兄ちゃんの家族がいるみたいで 今のお兄ちゃんと私は どうやったら また家族になれるのか… 今の私には 分かりませんでした。 だから そんなこと 今は手紙にも書けません>