麻子「こんなふうにしていいのよ。 泣く直前に 一瞬 何かを振り向いて まだ戦う目をしながら泣き伏せる。 これよ。 これが中割に入ることで 見る人に 白娘の気持ちの伝わり方が 全然違うでしょ! この強くて恨みがましい目が入ることで 蛇に戻りかけた白娘の悲しみが 際立つじゃない。 戦いに敗れても まだ納得がいかず 許仙は 自分のものだと言いたげに 何より 許仙に会いたいという気持ちが にじみ出てんのよ この顔から!」
麻子「あれ… 前に 誰かに 同じようなこと 言ったような気がするけど…。 ま いいか。 この顔が泣くから より一層 白娘の絶望が伝わってくるのよ。 私が言いたかったのは こういうこと。 ただのきれいな中割は 動きを正確に見せるためには 必要なことだけど 感情表現においては ただの記号にしかならないこともある。 それ 分かってたんじゃない 堀内君も。」
麻子「これは ただの遊びで 描いただけかもしれないけど 私は これを ずっと望んでた!」
堀内「僕じゃないよ。」
麻子「ん?」
堀内「僕が描いたんじゃない。 僕は こんな稚拙な絵は描かないよ。」
麻子「だって これ ラフでしょ?」
堀内「ラフでも こんな絵は描かない! こんな絵を描いたと思われたら心外だよ!」
麻子「じゃ 誰が描いたの?」
なつ「あっ あの…。」
下山「なっちゃん。」
麻子「まさか…。」
なつ「すいません… それは 私が描きました。」
仲「なっちゃんが描いたのか!」
下山「えっ… どれどれ? 見して。 えっ?」
仲「なるほどね。」
下山「いや よく気付きましたよね この表情に!」
仲「うん…。 あっ 井戸原さん。」
井戸原「うん?」
仲「彼女は 今 仕上にいるけど 本当は アニメーター志望なんですよ。」
井戸原「あ そう…。 いや~ 原画を描いた僕にも その発想はなかったわ。」
麻子「どうして描いたの?」
なつ「すいません! 人に見せるつもりで 描いたんじゃないんです。 勉強のために 勝手に ここから拾って描きました。 絵を なぞっているうちに そうしてみたくなったんです。」
麻子「だから どうして そうしてみたくなったの?」
なつ「どうして? 白娘の気持ちになっているうちに そうなったんです。 あ… 私 高校の演劇部で 偶然 白蛇の化身を 演じたことがあるんです。 その時に 自分の経験から 想像して 自分の魂を動かして 演じなくちゃいけないと 先生から教わったんです。 だから その顔は…。」
なつ「自分は ただ 許仙が好きなだけなのに それを周りから どうして悪く思われなきゃいけないのか そういう怒りが 自然と湧いてきたんです。 白娘は ただ 許仙が好きなだけですよね? 本当は 誰も傷つけたくはないし…。」
麻子「もう分かったわよ! 勝手に勉強してたってことでしょ。」
井戸原「ハハハハ…。 堀内君。 君も なかなか正直でよろしい。」
堀内「は?」
井戸原「君の絵も 純粋な絵だと 僕は思ってるんだよ。 発想のしかた一つで いくらでも変わることはできるはずだ。 技術はあるんだから。 この絵は 今の君とは正反対だ。 これを 君のきれいな線で クリーンナップしてくれないか? 動画として完成させてほしい。 これ 使ってもいいよね?」
なつ「はい… ありがとうございます。」
井戸原「はい。」
なつ「堀内さん 勝手にすいませんでした! どうか よろしくお願いします!」
堀内「それが 僕の仕事ならやりますよ。」
井戸原「それがいいよね。」
仲「なっちゃん もう仕上に戻りなさい。 今は 仕上が 君の大事な仕事なんだからね。」
なつ「はい。 失礼します。」