中庭
桃代「なっちゃん 見事に いけにえにされちゃったね トミさんに。」
なつ「トミさん?」
桃代「あ… 会社で 石井富子を トミさんって呼べる人は限られてるけど 私たちは 陰で呼んでるの。 おトミさんとか。 まあ 腹が立った時は トミ公だけど。」
なつ「トミコー?」
桃代「うん。 あっ 本人に言っちゃダメよ。」
なつ「言えないってば。」
桃代「でも うまく描けた方なんじゃないの? 初めてにしては。」
なつ「う~ん… 子どもの頃 初めて 見よう見まねで 牛の乳を搾ったこと思い出したわ。 あん時は うまくいったんだけどね…。 やっぱり どんな仕事も 奥が深いんだわ。」
桃代「ねえ その服は自分で買ったの?」
なつ「え 買ってない。 これも 同居してる亜矢美さんの。」
桃代「いいわね。 給料安くて そんなに買えないもんね。」
なつ「モモッチは どんどん おしゃれになっていくべさ。」
桃代「安物で工夫してんのよ。」
なつ「モモッチ 色のセンスあるわ。」
桃代「なっちゃんのセンスに 合ってるだけでしょ。」
なつ「そうかも。」
桃代「なっちゃんは 今も 亜矢美さんに 服を選んでもらってるの?」
なつ「ん~… 選んでくれたのは 最初の1週間だけ。 あとは自分で磨けって。」
下山「2人とも よく頑張っているよ。」
なつ「びっくりした。」
桃代「下山さん。」
下山「今のところ まだ同じ服装を見たことない。 いや 同じ服は着てても 組み合わせは 必ず何か替えてる。 感心するよ ハハハハ…。」
桃代「どうして そんなこと分かるんですか?」
下山「ん? 証拠なら ここにあります。」
なつ「えっ 毎日描いてたんですか!?」
下山「うん。 だって 同じ服装が来たら やめようと思ってたら こんなことになっちゃった。」
なつ「いや そんなこと言われたら 明日から毎日 服 選ぶの難しくなるじゃないですか!」
下山「同じ服装で来たら 逮捕するからね。」
桃代「よし 逃げきってやるわ!」
下山「うん。」
なつ「モモッチ…。」
下山「バン! バン! ハハハ… 頑張って。」
桃代「逃げきろうね なっちゃん!」
川村屋
ホール
野上「いらっしゃいませ。」
なつ「お久しぶりです。」
野上「見る度に あなた 安っぽい芸術家のような 恰好になってきますね。」
なつ「えっ…。 服は変でも 芸術が安っぽいとは 限らないじゃないですか。」
野上「服は変だと思ってるんですね。」
佐知子「あっ なっちゃん! お帰りなさい!」
なつ「佐知子さん!」
野上「(せきばらい)」
佐知子「いらっしゃいませ。」
なつ「1人ですけど。」
佐知子「あいにくと今 満席でして…。」
<川村屋では 去年の暮れから テレビが置かれて ますます 商売繁盛しておりました。>
光子「あっ なっちゃん 久しぶりね。」
なつ「あっ マダム。」
光子「元気そうね。」
なつ「はい。 東京の兄も元気です。」
光子「誰も聞いてないわよ そんなこと。」
なつ「あっ マダムは『人形の家』 見て下さいましたから?」
光子「あ… 忙しくて無理ね。」
野上「チケットは買ってましたけどね 10枚も。」
なつ「えっ?」