台所
いずみ「この間は ごめんなさい。」
布美枝「何が?」
いずみ「私 昔の事 よう知らんだったけん 姉ちゃんの事 『旦那様を あてにしとる』なんて 言って。」
布美枝「ほんとに あてにしとるもの。」
いずみ「私だったら 我慢できなくて 大塚に 逃げて帰っとったわ。」
布美枝「ここで やっていくしか なかったんだよ。 それに…。 悪い事ばかりじゃなかったけん。 いつも 隣で しげさんが 仕事しとった…。」
回想
(ペンを走らせる音)
回想終了
布美枝「ペンの音が聞こえてきて 漫画 描いとる背中が見えて…。 あの頃は… 一緒に頑張っとるような 気がしたなあ。 けど… 今は 時々 お父ちゃんの背中が 見えなくなる時がある…。」
いずみ「売れなくても 売れても… 漫画家の女房って 大変なんだね。」
布美枝「あのね いずみ… 倉田さんの事だけど…。」
浦木「や~ 奥さん!」
布美枝「また 浦木さん…。」
浦木「何か?」
布美枝「いえ…。」
浦木「それにしても 暑いですなあ。 ケチケチせずに クーラーぐらい つけたらどうですか?」
布美枝「はあ…。」
浦木「じゃ ちょっと失礼して 仕事部屋の方に…。」
布美枝「あ ダメです ダメです! 今日は 忙しいようですけん。 締め切りが 幾つも重なってて。」
浦木「重要な話で 来たんですよ。」
布美枝「あ あっ! さっき 中森さんが いらしてたんですよ。」
浦木「中森って… 誰だっけ?」
布美枝「えっ うちの2階に住んでた…。」
浦木「ん?」
布美枝「もうっ 浦木さんの ご紹介じゃないですか!」
浦木「そうでしたっけ。 貧しい者の事は 自動的に 記憶から消されるものでしてね。 それより奥さん 貧しい者の事といえば 『ゼタ』が 大変な事になっとるようですな。」
布美枝「深沢さんに 何か?」
浦木「なんだ。 ここに来れば 詳しい事が分かると 思ったんだけどなあ。」
<あの『ゼタ』に 何か異変が起こっているようです>