村井家
修平「熱心に 何を書いとるんだ?」
絹代「手紙です。」
修平「誰にだ?」
絹代「茂と 布美枝さんにです。」
修平「今朝 送り出したばかりで もう手紙か?!」
絹代「お願いした事 布美枝さんが 忘れたらいかんけん。 書いて 送っとくんです。 『野菜は よくよく洗って下さい。 出かける時は 義手を』。」
列車
浦木「う~ん うまい! あ お茶まで。 すまんですね 奥さん。」
布美枝「あ… どうぞ。」
浦木「調布に 家を買ったとは ち~とも 知らんだった。」
茂「建て売りの小さいやつだけどな。」
浦木「2人なら 小さくても ええでねえか。」
茂「まあ 一応 2階もある。」
浦木「2階建て? 結構じゃないの! いずれ 子供が生まれたら 建て増しでもして。 ねえ 奥さん。」
布美枝「はあ…。」
浦木「それにしても ええとこで 会ったわ。 お前に ええ話があるぞ。」
茂「お前のええ話は 当てにならん。」
浦木「まあ 聞け。 俺 大阪で 貸本専門の出版社を やっとったんだけどな。」
茂「うん そげか。」
浦木「もう 大阪はな あかん。 つきあいがあった漫画家連中 みんな 東京に出てしもうて 大阪では 商売にならんのよ。」
茂「ああ 聞いとる。 大阪の人気漫画家グループが そろって 東京に出てきて 自分らで出版も始めたんだってな。」
浦木「そげだわ。」
茂「けど お前 あげな売れっ子達と 仕事しとったんか?」
浦木「あの連中は 俺が 売り出したようなもんだけんな!」
茂「ふ~ん。」
浦木「出版は本丸は なんと言っても 東京だけん。 これから 東京で ば~んと 派手にやるわ。」
茂「東京に出てきても 何も ええ事ないそ。」
浦木「ネガティブな事 言うな。 大丈夫 俺には目算があるけんな。」
茂「目算ねえ。」
乗客「あんた 何ですか? 人の席に座って。」
浦木「ちょいと お席を拝借しておりました。」
乗客「は? しかも 人の帽子を。」
浦木「尻に敷くのも どうかと思いまして。 それじゃ 奥さん ごちそうさまでした。」
布美枝「あ~っ!」
茂「イタチの奴 最後の1個を!」
乗客「何だ あの男 失礼な奴だな! あんた方の 知り合いですか?」
2人「すんません。」
(電車の走行音)
子供「(泣き声)」
母親「どうしたの こら 何?」
庫床「(泣き声)」
茂「顔もイタチ風だが あいつは やる事が イタチに似とるんですわ。 こそこそ 強いもんに すり寄る。 その上…。」
布美枝「その上?」
茂「最後っ屁です。」
布美枝「は?」
茂「自分の身が危うくなると 最後っ屁のごとく 汚い手段をかますのです。 それで 『イタチの克』と 呼ばれとるんですが あいつに 調布の住所を教えたのは まずかったかなあ。」
布美枝「昔からの大親友だと 言っとられましたけど。」
茂「ただの腐れ縁ですよ。 奴に かかわると ろくな事がない!」
布美枝「何か悪い事が…?」
茂「いや 心配は いらんでしょう。 根は さほど 悪い人間ではないですけん。」
布美枝「はあ。」
(汽笛)
<布美枝達を乗せた列車が 東京駅に着いたのは 翌朝の事でした>