布美枝「大変! ちょ ちょ ちょっと。」
茂「おお~。」
布美枝「ないですねえ。」
茂「マリアナ沖海戦 レイテ沖海戦と 戦った戦艦が まさか 母ちゃんのくしゃみ 1発で 撃沈とは… は~。 おっ あったぞ!」
布美枝「え?」
茂「じっとしとれ。 お前の尻に ついとる。 ほれ。」
布美枝「なして こんなとこに。」
茂「また 吹き飛ばされる前に 組み立てるか。」
布美枝「はい。」
茂「よし… これでええな。」
布美枝「お父ちゃん…。」
茂「何だ?」
布美枝「お父ちゃんの 言ってたとおりですね。」
茂「え?」
布美枝「夢中になって作っとると だんだん 気持ちが晴れてくる。」
茂「ああ。」
布美枝「私も 模型作りが 好きになったのかな。 それとも… お父ちゃんと一緒に作っとるから 楽しいのかな。 私… 一緒に やっていきますけん。」
茂「え?」
布美枝「お父ちゃんは 強い人だけん。 今まで 腕一本で 何でも やってきたでしょ? 弱音も吐かんし 愚痴も言わん。 けど 今は 私の腕と合わせて 3本 ありますけんね。 3本でやったら… この先 きっと… なんとかなります。」
茂「もう遅い 寝ろ。」
布美枝「もうちょっと。 これ 仕上げるまで やりましょ。」
茂「そげか…。 よし! もう一息 一緒にやるか?」
布美枝「はい。」
玄関
戌井「昨日は 奥さんに 待ちぼうけ食わせてしまって どうも すみませんでした。 あの… これ 遅くなりましたけども 原稿料です。」
茂「はい。」
布美枝「よかった。 助かります。」
戌井「いや そう言われると…。 実は また 全額 そろえられなくて…。 でも 年内には なんとか…。」
茂「無理せんで ええですよ。」
戌井「いや でも…。」
茂「寒い中 あちこち走り回って あんたも大変でしょう。」
布美枝「これだけあったら うちの方は なんとかなりますけん。」
茂「ほら 大蔵省も こう言っとるんで 残りは また来年 次の漫画の打ち合わせの時にでも 頂きますよ。」
戌井「すみません。」
玄関前
戌井「それじゃ また…。」
布美枝「戌井さん!」
戌井「はい。」
布美枝「大根 少し 持っていきませんか?」
戌井「大根?」
布美枝「ちょうど 干し上がりましたけん。」
戌井「ああ。」
布美枝「風の強い日が続いとったんで おいしくなってると思いますよ。」
戌井「え?」
布美枝「冷たい風は 大根を 甘くするって言いますから。」
戌井「あ そうか… この間 水木さんも 同じ事 言ってました。」
布美枝「あら そげですか?」
戌井「『冷たい風に吹かれて 漫画も強くなる』か…。」
布美枝「はい どうぞ。」
戌井「奥さん 来年こそ もっと いい年にしましょうね。 きっと そうなります。」
布美枝「ええ。 どうぞ よいお年を!
戌井「よいお年を! 頂きます。 『冷たい風に吹かれて 漫画も強くなる』か…。」
布美枝「よし 今日は たくあんでも漬けるか!」
<それから数日 暮れも押し詰まった ある日…>
2階
布美枝「ゴホン ゴホン。 あっ! おばば 今年も なんとか 乗り切ったよ。 藍子も 無事に育っとる。 いつも見守ってくれて だんだん。」
茂「お~い お母ちゃん。 ちょっと来てくれ。」
布美枝「今 すす払いしてますけん!」
茂「ええけん ちょっと下りてこい!」
布美枝「は~い。 もうっ… 忙しいのに。 いちいち 呼びつけんで 自分で 上がってきたらええのに…。」