嵐星社
深沢「水木さん 忙しそうだね? マンガ賞 取って 随分 注文が増えたでしょう。 どうぞ。」
布美枝「はい。 『編集者は 福の神だ』と言って 来る注文 全部 受けるもんですから 締め切りが 重なってしまって。」
深沢「そう。 それじゃ 奥さんも忙しいね。」
布美枝「私は 何も。 ただ 原稿取りの人が見えたり 電話が かかってきたりで 毎日 家の中が落ち着かんです。」
深沢「うちも1人 若いのが入ったんですよ。 斉藤君!」
斉藤「はい! 斉藤です。」
深沢「これからは こちらから 原稿 取りに伺います。」
布美枝「ありがとうございます。 けど たまに お邪魔して こちらで 息抜きさして頂くのも ええですから。」
深沢「そうそう アシスタントに頼まれてた 大阪の倉田君 彼とは 連絡つきましたよ。」
布美枝「お手数 おかけします。」
深沢「彼 『ゼタ』の愛読者で 『水木さんのアシスタントに』と言ったら 喜んでいました。」
布美枝「いつ来てもらえますでしょうかね?」
深沢「う~ん 勤め先 辞めるのに 少し かかりそうな事 言ってたけど。」
布美枝「早いと ええですけど うちの人 もう1人では やりきれんようですから。」
深沢「水木さんのところも そろそろ プロダクション制にした方が いいんじゃないかな?」
布美枝「プロダクション?」
深沢「うん。 会社組織にするという事ですよ。 加納君。 黒田先生のところ 黒田プロ作ったの いつだっけ?」
郁子「去年の11月です。 ホリデープロさんが その後の12月にできて。」
深沢「最近 ポツポツ できてきましてね。 漫画家のプロダクション。 週刊誌に連載を持って 更に 他の注文も こなすとなると 1人では とても無理ですよ。 アシスタントを雇って 分業体制で 描いていかないとね。」
布美枝「はい。」
深沢「それに 漫画家の権利を守るためにも 会社組織にする方が有利なんです。」
布美枝「けど 会社だなんて そんな 大げさな事は…。」
深沢「そう難しく考える事は ありませんよ。 こっちは いつでも 相談 乗りますから。」
郁子「私 一度 ご説明に上がりましょうか? 黒田プロを作る時に お手伝いしたので 大体の流れは 分かりますから。」
深沢「ああ そうだね。 それがいい。」
布美枝「プロダクションか…。」
深沢「司法書士も紹介しよう。」
布美枝「会社を作るだなんて 縁のない話だと思っとったけど。」
倉田圭一「すんまへん! 『ゼタ』は ここでっしゃろか?」
斉藤「はい。 え~っと 君 漫画の持ち込み?」
倉田「ちゃいます。」
斉藤「『ゼタ』の読者の人?」
倉田「はい。」
深沢「あれ? もしかして君 倉田君じゃない?」
倉田「はい 倉田圭一です!」
深沢「大丈夫 大丈夫。 いや~ よく来たなあ 待ってたよ。 随分 早く出てこられたね。 仕事 辞めるのに もっと かかるかと思ったけど。」
倉田「ボヤボヤしとったら 他の人に 決まってしまうんやないか思うて 親方に 無理 言いましたんや。」
深沢「ちょうど よかったよ。 今 水木さんの奥さんが 見えてるんだ。」
倉田「先生の?」
深沢「こちらが 布美枝さん。」
倉田「倉田圭一です。 よろしゅう 頼んます。」
布美枝「こちらこそ お願いします!」
すずらん商店街
布美枝「もう 住む所は 決めてあるんですか?」
倉田「まだですねん。 看板屋 辞めた その足で 汽車に乗ったもんやさかい。」
布美枝「ほんなら すぐに 下宿屋さん 探さんといけんですね。 大阪からの荷物も 送ってもらわんと いけんでしょう?」
倉田「いや 絵の道具は ここやし 他に 荷物いうても 何もありまへん。」
布美枝「あら!」
倉田「深沢さんに 『体一つで来たらええ』 言われたんで ほんま 身一つで。」
布美枝「そしたら 後で一緒に この辺りの お店で 布団や何か 一緒に 探しましょうか。」
倉田「はい!」
水木家
玄関前
布美枝「うち ここなんです。 あんまりボロ屋で 驚きました?」
倉田「いえ…。 ここで仕事させてもらえる思たら うれしゅうて。」