宇田川『あの震災で火の海となった町を 逃げている最中 たくましい男性に救われ やがて 私たちは 恋に落ちました』。
宇田川『震災で 多くの雑誌は廃刊に追い込まれ 私も あらゆる出版社との関係を 断ちましたが 今は 主人のおかげで 幸せでとろけそうな毎日を 送っております。 …という訳で 仕事の件は お役に立てませんので ほかをあたって下さい』。
花子「(ため息)」
花子「かよ…。」
かよ「あっ お姉やん。 あっ お姉やん。 おら 今夜から 屋台で働く事にしただ。」
花子「屋台?」
かよ「今 働いてる食堂の人に 頼まれたから 引き受けただ。」
花子「かよ… 働き過ぎだよ。 ちっと 体 休めんと。」
かよ「居候は 早くお金ためて 引っ越ししんきゃね。 ほれじゃ 行ってきます。」
花子「ほんな無理しなんでも…。」
かよ「無理なんかしちゃいんさ。」
玄関前
梶原「やあ かよちゃん。」
かよ「どうも。 梶原さん お久しぶりです。」
<聡文堂が焼けて 梶原は 古巣の出版社に戻りました。>
梶原「じゃ。」
居間
梶原「うちの社長に相談したら 君を雇う余裕はないが 翻訳の仕事なら 回せるからと。」
花子「てっ… ありがとうございます。 助かります。」
梶原「堅苦しい本なんだけど。」
花子「是非 やらせて下さい! 印刷会社を再建するために 少しでも仕事を増やしたいんです。」
梶原「本当に寂しくなったね。」
花子「梶原さん… もう一つ お願いがあります。 梶原さんのところで 『王子と乞食』の単行本を 出して頂けないでしょうか。」
梶原「あの震災さえなかったら 聡文堂から出すはずだったんだ。 是非 力になりたい。 でも 僕は 今 学術書担当の 一編集者にすぎないんだ。 それに 今 小説や児童文学は 歓迎されないからね。 引き受けてくれる出版社を 探すのは 難しいだろう。」
夕方
英治「ただいま。」
花子「お帰りなさい。」
歩「おとうちゃま おかえりなさい!」
英治「歩~!」
花子「あっ 英治さん。 今日 梶原さんがいらして 翻訳の仕事を頂けたの。」
英治「そうか! よかったね。」
花子「ええ。 それから 梶原さんと話してるうちに 思いついた事があるの。 村岡印刷を再建するなら いっそ 出版社を兼ねた印刷会社に したら どうかしらって。 そうすれば 『王子と乞食』の 単行本も出版できるでしょう。」
英治「そうか 確かに。 その手があったな! 郁弥が生きてたら 『グレート アイディア』って叫んだだろうな。 よし。 じゃあ 出版と印刷の 両方ができる会社を作ろう。」
花子「ええ。」
平祐「何を言ってるんだ。 あの恐ろしい震災から まだ半年しか たってないんだぞ。 住む所も着る物も 何も足りていないのに 誰が物語の本なんか買うんだ。」
英治「父さん…。」
<それから 数日後の事でした。>