居間
花子「みんな 兄やんが来ました。」
吉太郎「遅くなって すいません。 てっ。 武も来てただけ。」
武「どうも 吉太郎さん。 ご無沙汰しております。 じゃん。 今日は 重大発表があり 甲府から はるばる やって来ました… じゃん。」
吉太郎「重大発表?」
武「はい。 醍醐亜矢子さん。」
醍醐「はい。 何でしょう?」
武「おらんちは 甲府でも 名の知れた地主で… ごいす。 醍醐亜矢子さん おあらの嫁さんになってくりょう。」
醍醐「(棒読みで)まあ うれしいわ 武さん。」
武「醍醐さんの事を 必ず幸せにします! …じゃん。」
醍醐「武さん。 幸せにして下さい。」
龍一「(小声で)花子さん。」
花子「(小声で)てっ。 あっ えっと… その結婚 ちょっと待った!」
武「なぜ 止めるんだ。 …ずら?」
花子「あ… 兄やん。 (棒読みで)このまま 醍醐さんが 結婚してしまってもいいですか?」
英治「そ… そ… しょうですよ…。 しょ…。」
かよ「(調子の外れた声で)兄やん。 醍醐さんの事 好きなんじゃねえの?」
花子「(棒読みで) あ… 兄やん。 地主なんかに 醍醐さんが 奪われてしまってもいいの? 持つ… も… 持つ者が も… もた… 持つ…。」
龍一「持つ者が 持たざる者から奪う社会を おかしいと思わないんですか! 持たざる者が富める者から 奪ってこそ 意味がある!」
英治「そのとおりだ!」
吉太郎「よく分からんけんど 醍醐さんが 武と結婚してえって言うだから…。」
醍醐「吉太郎さん 違うの!」
蓮子「吉太郎さん! 醍醐さんの事が好きなら 略奪してでも一緒になるべきだわ。 たとえ 世間から 後ろ指 さされたって 好きな人と一緒にいられれば 耐えられる。 好きな人と 一緒に生きられる事ほど 幸せな事はないわ!」
英治「(小声で) あれ? そんなセリフ あったかな…。」
蓮子「私は 龍一さんと一緒にいられて… とても幸せよ。」
龍一「蓮子…。」
(せきばらいと畳をたたく音)
蓮子「吉太郎さん 今なら まだ間に合うわ。 醍醐さんを連れて お逃げなさい。」
平祐「駄目だ 駄目だ! 吉太郎君は 軍人なんだ! 軍人の脱走が どれほどの重罪になるか。 君の一生… いや 君の家族の人生まで台なし…。」
英治「父さん 父さん。 ちょっと…。 いいから。」
廊下
英治「(小声で)これは 醍醐さんと吉太郎さんの 仲を取り持つための お芝居なんです。」
平祐「仲を取り持つ?」
英治「ええ。」
平祐「憲兵の吉太郎君が 物書きの女性と そう やすやすと 一緒になれる訳がないだろう。」
英治「シ~ッ! もう ここで 静かに観劇してて下さい。」
居間
龍一「じゃあ… 蓮子の最後のセリフから もう一回!」
吉太郎「セリフ?」
龍一「えっ? あっ…。」
蓮子「吉太郎さん。 醍醐さんを連れて お逃げなさい。」
吉太郎「自分は 脱走などできません! 醍醐さんが 武と結婚して幸せになれるなら… よろしいのであります。」
武「て~っ! ほれじゃあ 本当に おらが 醍醐さんと結婚していいだな?」
花子「(小声で)武。」
醍醐「違うんです! 今のは 全部 お芝居で… 吉太郎さんが なかなか 思いを告げて下さらないから 私 焦ってしまって…。」
吉太郎「えっ?」
醍醐「私が好きなのは 吉太郎さんなんです! 吉太郎さん。 私と… 結婚して下さいませんか?」
吉太郎「いや…。 駄目です。」
花子「兄やん…。」
醍醐「あ… そうですよね。 ごめんなさい こんな事言ってしまって。 それじゃあ 皆さん ごきげんよう。」
花子「醍醐さん! あっ…。」
一同「てっ!?」