北村「はあ…。 せやけど まあ ちょうどよかったわ。 これでよ 何ぞ 買うちゃってくれ。」
糸子「何や?」
北村「まあまあ まあまあ。」
糸子「何や これ?」
北村「生地代や。」
糸子「生地代?」
北村「ほうよ! ほんまは 今日 来たんは それ 返しに来ちゃあったんや。」
糸子「ひょっとして あれけ? 去年 失敗した既製服の生地代け?」
北村「あれがよ 皆 売れたんや。」
糸子「売れた? どこに? 」
北村「わいが 本気 出したら こんなもん ちゅうこっちゃの」
糸子「どこに売れてん?!」
北村「それは 言われへんわい。」
糸子「は?」
北村「言うたら お前 また 横入りするやろが!」
糸子「するか!」
北村「もう いらん事 気にせんでええねん。 これで わいの損も埋まったよって めでたし めでたしや。 乾杯や! チ~ン。 いっぱい食えよ。 ほら もう むちゃくちゃ食えるど。 こんだけ あったらよ。 直しとけよ。」
小原家
オハラ洋装店
「こんにちは。」
優子「あ… いらっしゃい。」
「こないだは 娘が お世話かけましたなあ。」
優子「ああ~。」
「おかげさんで 娘 あの服 よう似合うてましたわ。 ほなさかい 今度は うちが 注文さしてもらおう 思いまして。」
優子「そうですか。 あ どうも。」
糸子「まあ こないだは ほんま すんませんでした。」
「いいえ。」
糸子「娘さん あれから どないです?」
「ええ おかげさんで つわりも だいぶ 楽なってえ。」
糸子「まあ~ そら よかった! まあ どうぞ どうぞ。 昌ちゃん! 昌ちゃん!」
昌子「はい。」
糸子「こないだの おなかの大きいお客さんの…。」
昌子「ああ~! あれから どないですか?」
糸子「ちょっと。」
昌子「それはそれは よかったです~。」
「お世話かけまして。」
昌子「いえいえ ま どうぞどうぞ。」
井戸
糸子「もう あんた 店なんか 出んでええ。 お客に あんな しみったれた 顔しか 見せられへんやったら 店なんか 出な。 商売の邪魔や。」
小原家
居間
司会者『冬蔵を襲名するにあたり 感慨も ひとしおかと思いますが 今のお気持ちは…』。
優子「恵さん?」
冬蔵『春太郎から冬蔵へ…』。
優子「何 さぼってんの?」
松田「さぼってへん。 先生が『ええ』言うてくれたんや。」
司会者『うまい事 おっしゃいますね』。
冬蔵『まあ 私 歌舞伎の時は 生真面目なんですが どうも こういうお話の時は』。
優子「あ 春太郎や。」
松田「もう 春太郎 ちゃうよ。」
優子「ん?」
松田「こないだ 中村冬蔵を襲名しはったんや。」
優子「へえ~。 うちな 小さい頃 よう おじいちゃんに 歌舞伎 見してもうたわ。 そのあとで お母ちゃんが 何や 怒ってはった。 何や知らん『春太郎が嫌いや』ちゅうてな。」
松田「シッ!」
司会者『ところで 多くの方が 冬蔵さんを 生っ粋の浪速っ子だと 思っていますよね』。
冬蔵『ええ。 ところが 私 岡山の出身なんでございますよ』。
司会者『あ そうですか』。
冬蔵『しかし 若い時は どうにか ご婦人にモテようと 浪速っ子のまねをしたり したもんでしてね』。
松田「ホホホホホホ…。」
優子「恵さん こんなん なってるわ。 アハハハハ 春太郎も 面白い。」