道中
♬『若い血潮の 予科練の』
橘家
台所
(物音)
お菓子司・たちばな
安子「いらっしゃいませ。 お買い物ですか?」
千吉「ええ… はい。 何か おはぎが食べとうなって。」
安子「あ… わざわざ おいでくださったのに 申し訳ありません。 もう ずっと おはぎは作れずにおるんです。」
千吉「そうですか… そうですよね。 失敬しました。」
安子「あの! ちょっと待ちよってもらえますか?」
千吉「えっ?」
安子「すぐ戻ります。 どうぞ お掛けになっとってください。」
金太「雉真さん…? あの… 違うてたら すいません。 雉真千吉さんじゃありませんか?」
千吉「こちらのご当主ですか?」
金太「はい。 安子の父です。 以前 息子さんとは…。」
安子「お待たせしました! あっ お父さん。 お父さんの分 ちょっと待ちよってね。 祖母の作ったお汁粉です。 よろしかったら召し上がってください。」
千吉「えっ?」
安子「お父さんのお知り合い?」
金太「うん? まあ…。」
安子「あっ そうじゃったんですか。 父が お世話になりょうります。」
千吉「ああ… いや…。」
安子「早う お元気になってくださいね。 フフッ 失礼します。」
金太「実は 今日は先代の… 私の父の初七日なんです。」
千吉「ああ… それは 存じ上げず 失礼しました。 お悔み申し上げます。」
金太「そのお汁粉は 父の好物でした。 せめてもの供養に 正月用に取って置いた 僅かな小豆と砂糖で これを こさえることにしたんです。」
千吉「そねえな大事なものを お嬢さんは なぜ 見ず知らずの私に?」
金太「何か 気落ちしてらっしゃると 感じたんでしょう。 甘えお汁粉を飲んで 少しでも元気になってほしいと 思うたんじゃ思います。 あっ どうぞ 召し上がってください。」