定一「はい。」
♬~(レコード)
「もういっぺん!」
定一「はい。」
「ええかげんにせられえよ。 こっちゃあ譜面お越しよんじゃ。」
「じゃけど もっぺんだけ。」
定一「もういっぺんだけな。」
「マスター!」
定一「はい。」
「チャーリー・パーカー聴かせてくれえ。」
定一「ああ 順番じゃ。 酒でも飲んで待っちょおれえ。 毎日 この調子じゃ。」
安子「ハハ…。」
定一「ほい。 すまんのう コーヒーは まだ入ってこんのんじゃ。」
安子「何ですか? これ。」
定一「ああ。 コーラじゃ。 アメリカの飲みもんじゃ。」
安子「黒えラムネみてえなもんじゃろうか…? 頂きます。」
定一「はい どうぞ。」
♬~(レコード)
安子「あっ 苦え… うん? 甘え…。」
定一「ハハハハッ。 アメリカの味じゃ。 クラブ行きゃあ なんぼでもあらあ。 あっ おはぎ。」
安子「あっ どうぞ。」
定一「うん! さすが 安子ちゃんのおはぎじゃ。 バーボンにも合うわ。」
安子「それ お酒ですか?」
定一「ああ。 ウイスキーのコーラ割りじゃ。」
安子「昼間から飲んだりしたら 体に悪いですよ。」
定一「飲まずにやっとれるか。 うわさに聞いとる。 稔のこと。 健一も音沙汰なしじゃ。 もう いけんじゃろう。」
安子「そねえなこと…。 何の因果じゃろうのう。 稔 殺した… 健一を殺したかもしれん国の音楽… わしゃあ 今日もかけとる。 アメリカ人 喜ばせるために バンドの世話しょおる。 安子ちゃん。 進駐軍のクラブん中あ 別世界じゃ。 酒も 食いもんも 娯楽もあふれとる。 あれが戦勝国じゃ。 アメリカじゃ。」
安子「定一さん。」
定一「うん?」
安子「定一さんに言われたとおり 稔さん 私に子供を残していってくれました。」
回想
定一「ああ 子供は作ってから行けよ。」
回想終了
安子「おなごの子です。」
定一「あ… そうじゃったんか。 そりゃあ おめでとう。」
安子「名前は るい いいます。」
定一「るい?」
安子「稔さんが付けてくれました。 男の子でも おなごの子でも どこの国でも通用するようにって。 それから どこの国とも自由に行き来できる。 どこの国の音楽でも自由に聴ける。 自由に演奏できる。 私たちの子供にゃあ そねえな世界を生きてほしい。 ひなたの道を歩いてほしいって。」
定一「インテリの稔が考えそうなことじゃの。」